ふたつめのプリン



 きっかけがなんだったかは憶えていない。多分、あいつもそうだ。

「ランサーの馬鹿! 最悪!」
「……んどくせぇな……」
「……っ!」

 けれどその言葉が最後だったのはよく記憶している。そこからまぁ……なんやかんやあって、俺は今ひとり夜の公園で頭を冷やしているわけだ。

「はぁー……」

 さて、どうしたものか。どちらが悪かったかすら覚えていないが、多分、いつも通りなら大体あいつの方が悪い。
 それはそれとして今回は俺も余計なことを口走った気もするし、このままではどうせラチがあかない。俺の方から歩み寄らなきゃ、あいつは謝罪の一つもできやしないだろう。

「……めんどくせぇやつ」

 自分だって悪いところがあったとよく理解しているくせに、素直にそれを認めることができない。要はまだまだ精神的に未熟だってことだ。

 ……そこが、まぁ、可愛いと、思わんこともないわけだが。

「…………ち、帰るか……」

 舌打ちと、ため息と。重たい腰を上げ、俺はまずコンビニへと脚を向けた。




 
「──」

 帰ってきてみて──心底驚いた。机の上にあいつの好きなプリンと、紙が一枚。プリンの蓋にはマジックペンであいつの名前が書かれていたが、上から二重線で消されているようだ。
 そして置かれている紙には、少し丸みのある小さな字で、

『ごめん』

 と、一言だけ書かれていた。

(あいつ、謝るとかできたんだな)

 失礼かもしれないがそんなことを思ってしまう。直接はもちろん、間接的であろうと向こうから謝罪をしてきたことなんて数えるほどもなかったような気がする。

 それで、これを書き記しておいて当の本人は何処にいるのか。……まぁ予想はつくので彼女の寝室の扉をノックした。

「入るぞ」

 やはり返事はないので勝手に中へ入る。案の定、ベッドの上で布団をかぶって丸くなる(恐らく)彼女であろう物体がそこに居た。
 俺が腰掛けると、ベッドがぎしりと音を立てて沈む。流石にこいつもそれに気付いているはずだが、一切動く気配がない。布団を──剥いでも意味はないだろう、抵抗されて、悪けりゃまた喧嘩をして終わりだ。
 だから、俺はその丸くなった布団ごと、彼女をぐっと抱きしめた。

「──許す」

 俺も少し、言い過ぎた。そう言って布越しに彼女の額にキスをする。すると中の彼女が息を飲むような音が聞こえた後、ゆっくりとその顔を覗かせた。

「…………らんさー」
「ん」
「………………ごめんね」
「……ん」

 今度は直接その額にキスをすると、彼女が小さく身動ぎをする。恥じらうように頬を赤らめ、涙を溜めながら目を逸らす彼女を愛おしく思いながら、「そういや、あのプリン」と机の上のものについて尋ねてみた。

「あ、あれ、楽しみにしてたやつ、だけど……お詫びに、ランサーにあげる……」

 案の定詫びの品のつもりだったようで思わず俺は吹き出す。「なんだよ」と唇を尖らせる彼女に、悪い悪い、と俺の持っていたコンビニの袋を差し出した。

「んじゃあこれは俺からな、……一緒に食うか」

 彼女はその袋から同じラベルのプリンを取り出して──ようやく笑顔を見せた。 




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