夏の気まぐれ



 夏のうだるような暑さとはよく言うが。うだるような、というのは「茹だるような」。つまり脳が茹で上がってしまうくらいに暑いという意味の慣用句である——

「そうかい」

 そんな私の話には一切の興味がないとでもいうようにランサーは短く言い捨てた。私は不機嫌さを隠すことなく「ちゃんと聞いてよ」と自分の真横にある青色の管を踏みつける。

「……あのなぁ、邪魔するなら中に入ってろっての! 何がしたいんだお前」

 水の出なくなったホースの先と私が足でそれを堰き止めているのを確認した彼は、絶賛水撒き中の花壇を背にようやく私の方を振り返った。

「別に、ランサーが私を無視するのが気に入らないだけ」
「無視してるわけじゃねぇし水やりの間くらい待てねぇのかよお前は」
「だって暇だし……綺礼も、居ないし……」

 大事な用事があるらしい、と彼は今朝から教会を離れていた。留守を任されたといえば聞こえはいいが、要は邪魔だと置いていかれたのだと私は内心落ち込まずにはいられない。

「はー、それで拗ねてんのか」
「拗ねてるわけじゃない」
「拗ねてんだろ、ガキ」
「ガキじゃない!」

 カチンときて彼の背中を殴るが、なんの魔術も行使していないか弱い私の力では彼をよろけさせることすらできず、ランサーは軽いため息を吐きながら「わかったわかった」と言って膨れる私を見下ろした。

「それで、暑さがなんだって?」

 どうやら話に付き合ってくれるつもりらしい。別にその話を続けるつもりもなかった私は一瞬言葉を失ったが、それだけだと言って会話を終わらせるのも悔しかったのでなんとか関連する話題を振っていくことにした。

「暑さというか……今日は一年で一番日が長いって言われてる日だから、なかなか涼しくならないなーって」
「あぁ、夏至か」
「そう! アイルランドの方では夏至祭とかあるんだよね? やっぱり特別な日って感じなの?」
「そうだな……っつーか、俺が産まれた日って伝承もあるしな」
「え?」

 小石なんかを蹴りながら彼の話を聞いていた私は、最後の言葉に思わず顔を跳ね上げる。「知らなかったか?」と訊ねる彼に「知らない」と私は呟くように答えた。

「まぁ正しくは叔父貴に預けられた日ってとこだが……お前はもっと自分のサーヴァントについて知っておいた方がいいんじゃねぇのか」
「う、うるさいな」

 じとりと細めた目でこちらを見る彼から目を逸らし、私はまた足元の小石を蹴飛ばした。そうか、誕生日というやつなのか、と思うとなんだか私は胸の辺りがモヤモヤする。黙って言い付けられた雑務をこなす彼の姿が、不思議と面白くなかった。

「あ……ランサー! この後時間ある?」
「みたらわかんだろ、お前が邪魔するせいで言峰の野郎から押し付けられた色々が終わってねぇんだよ」
「それはいいからきて! 後で私も一緒に怒られてあげるから」
「手伝いはしねぇのかよ……」

 しぶしぶといった様子ではあるが、彼は水を止め、早足で歩き出した私の後ろについて来てくれる。それを確認した私はさらに歩く速さを上げて、教会の裏のその先へ急いだ。

「どこいくんだよ」
「いいから」

 山沿いに少し進んだところ、知る人には幽霊屋敷と呼ばれる建物の……少し手前。一体誰が手入れしているのかは知らないが、そこには花畑があることを、私は知っていた。

「……これは……」
「ね、すごいでしょ、ひまわり」

 そう、ひまわりの花畑。一面の、と言うほど広くもないが、しかし初めて見れば感嘆の声が出てしまうくらいには綺麗な景色だった。
 私の背と変わらない高さの花々を見ながら、「たしかにすげぇな」と彼は感心したように頷く。

「で? これがなんだよ」
「え」

 なんだよ、と聞かれると困る。

「いや……ランサーって、似合うなと思って、ひまわり」
「そうか?」
「う、うん……」

 私たちは互いに顔を見合わせ黙り込んだ。何がしたいんだとでも言わんばかりの彼の視線を受けて、私は消え入りそうな声で「……喜ぶかと思って」と声を絞り出す。

「ほう——なんだお前、俺に喜んで欲しかったのか」
「あ……!」

 にやりと口角を上げる彼に、私は思わず顔を熱くする。そうだけど、そうじゃない! ……そうだけど! と自分でも意味の通らないことをあれこれ口にしながら私は彼の肩を叩いた。

「だって誕生日だって言うから! なんかしてあげたいなって……おかしい!?」
「おかしくはねぇよ、ただまぁ、そうだな、お前さんも可愛いところあるもんだなって……いてっ!」
「さっきから一言多いぞ! ランサー!」

 蹴りは流石にダメージがあったのだろう、眉根を顰めながらもまだ少しニヤついた顔で、彼は「へーへー」といってまたひまわり畑へ目を向ける。

「悪かねぇな……あとは、今日の飯が劇物でなけりゃ満足だ」
「それはどうだろうね、ランサー」

 可愛げのない私の返事に笑い声をこぼす彼の横顔を見ながら「まぁでも、今日くらいは、ね」と、彼にも聞こえないくらい、小さな声で呟いた。
 




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