じぇらしー



「よー、そこの可愛いお嬢さん、もしこの後暇なら俺とお茶でも」
「ランサー」
「ぐぇ」

 ニヤけ面のランサーの後ろ髪を思い切り引く。間抜けな声を漏らした彼には目もくれず、目の前のお姉さん方に「すいません、お邪魔しちゃって」と頭を下げてから彼女達とは逆方向へそのまま歩き出した。

「ほら、いくよ」
「あだだだ! わかった、わかったから離せってマスター!」

 じろりと後ろを振り返ると、無理な体制のまま後ろ歩きを余儀なくされているランサーの後頭部が目に入る。まぁ、私には成人男性を引き摺り回す趣味もないので言われた通りに手を離した。

「仕方ないな……まったく、少し目を離すとすぐこれだ、隣を歩くのが恥ずかしいよ」
「いてー……だったら放っておいてくれりゃいいだろ……」

 ぶつくさと文句を言うのが嫌でも耳に入る。それもまたカンに触るので「なにか?」と彼の耳元で大声で聞くと、「な、なんでもねぇーよ……」と観念したように肩を落とした。

「つうか、まじで何しに来たんだよお前」
「なにって、お目付役?」
「は?」
「ランサー……もとい、飼い犬が他の人様にご迷惑をおかけしないよう気をつけるのは飼い主の義務なので」
「犬って言うな!」

 がう! と犬が吠えるような勢いでランサーが言い返してきた。ないはずの耳と尻尾が逆立っているような錯覚すらする。

「その髪とか、リードみたいで丁度いいよね」
「お前……そんな風に思ってたのか……道理でホイホイ引っ張りやがるわけだ……」

 毛根でも痛むのか、彼が後頭部をさする。……ちょっとグイグイ引きすぎてるかも、サーヴァントって、ハゲるのかな。

 いやいや、でもそれは理由があって引いてるわけで、彼がこう……ホイホイと、女の人に声をかけたりなんかしなきゃ、私だってそんなこと……こんなには、しないわけで。

「ほ、ほら、行くよランサー! 夕ご飯の買い出しの途中なんだから!」
「へいへい」

 渋々と私の少し後ろからついてくるランサー。この位置では彼の表情は中々わからないが──ふと、綺麗な大人のお姉さんとすれ違ったので、振り向いて彼の様子を伺ってみる。

「おぉ〜……」
「………………ランサー」

 案の定鼻の下を伸ばす彼をキッと睨みつけると、少し慌てたように「なんだよ、なんもしてねぇだろ今は」と両手を頭の横に上げた。

「美人と見るや否やそれ? 本当サイテー、えっちなことしか考えてないんじゃないの?」
「は? ちげぇよ! まじで話するだけだっての……まぁ、それ以上でも俺としてはアリなんだが……っでぇ!!」

 利き足を軸にもう一方の脚を大きく振りかぶり、彼のスネを思い切り蹴り付ける。悶絶してうずくまる彼に「やっぱそうじゃん、すけべ」と言い捨てた。

「〜〜っ、本当可愛くねぇな……!」
「可愛げがなくて結構です」

 本当は別にナンパぐらい、好きにしたらいい、とは思っている。彼がそういう人なのはわかってるし。
 でも、せめて私といる時くらいは、やめて欲しいなってだけなんだけど。

 そうしているうちにも私たちの横をいろんな女の人が通り抜ける。
 ふわふわのスカートを履いた、可愛い系のお姉さん。シュッとしたファッションの綺麗系のお姉さん。
 ランサーの好きそうな「大人の女の人」が通り過ぎるたびに、ランサーはチラリとそちらを見ている……気がした。

 わかってる、彼は可愛かったり綺麗だったりする魅力的な女性が好きだってことは充分理解している。でも、でも、私が隣にいるのに、そうやって他の人ばっかり見てるのは──

(──やっぱ私が、綺麗でも、可愛くもない、から?)

 そう考えて少し落ち込む……いや、こんなこと、考えてたってどうにもならないけど。

「ねーねーお兄さん、もしかして暇な感じ〜?」
「お?」

 足の痛みに耐え立ち上がったランサーに声をかけてきたのは、少し派手目な露出の多い服装の女の人だった。
 隣には同じような服装のやっぱりちょっと肌が出ているお姉さんがもう一人、これはもしや、逆ナン、というやつなのだろうか。

(……いや、そうだとして今のランサーに声かける? 普通、隣に女がいたらしないでしょ)

 なんて考えていると、

「隣の子は妹さんかな〜?」
「えー、可愛いね〜、うちら、妹が一緒でも全然オッケーなんだけど〜」
「……!」

 という、追撃を喰らった。

(い、妹……! たしかに私はまだ子供かもしれないけど……だけどさぁ……!)

 この頭の軽そうな……失礼、態度の軽い女性二人がベタベタとランサーの腕にまとわりつく、くそ、本当についてない日だ。
 さっきと同様に、彼を小突いて早々に立ち去ろう──と、思ったのだが、彼の手を取ろうとして、ちょっとだけ迷う。

 もしかして、ランサーは、このままこの人達と遊びたい、のかもしれないと思ったから。

 だってさっきまで女の人に声をかけまくっていたのはランサーの方だし。

 振り上げていた手を下ろす。手を引くなんて言ったけど、ちょっと引っ叩いちゃうつもりだった。こういうところが可愛くない≠チて言われちゃうんだろうな。

 可愛くない、から、

(私じゃない女の人ばっかり見てるんだろう、な)

 面白くない、な。
 ……みっともない、な。

 団子みたいにくっついてる三人から視線を逸らす。どうした、なんて彼の声が聞こえたけど何も答えず背を向けた。

「はーあ、つまんない、好きにしたらいいよ、もう……」

 それでも素直になれず強がってそんなこと言って、「そーか」なんて、彼が答えるのもやっぱり面白くなくて。
 やっぱりランサーは綺麗な女の人の方がいいんだ、なんて勝手に落ち込んでいたら、彼がいつもの調子で「お嬢さん」と言っているのが聞こえた。

「いやぁ──悪いな、連れが拗ねちまうからよ、また今度誘ってくれや」
「え」

 てっきり付いていくんだと思っていた彼は、そんな事を言って二人に手を振り、「ざんねーん」なんて声が少しずつ遠ざかる。「マジでどうかしたのか?」と能天気に私の顔を覗き込むランサーになんだか腹が立ってきた。

 なんだよ、行けばいいじゃんか、私なんて放っておいてさ。
 ムカつく。

 ……ムカつく。

「別になんでもないし……」
「なんでもないって顔じゃねーだろ、ちょっと声かけられたくらいでそんな怒んなよ」
「そうじゃないし……」

 じゃあなんだよ、と、そんなの私にもわかんないし、と、話が進まないやりとりを何度か繰り返した後に、彼がため息と共に「……悪かったって」と頭を掻いた。

「何が悪かったかもわかんないのに謝るのやめてよ」
「お前が言わねぇからだろ」
「自分でも何がムカつくのかわかんないんだもん……でも、ムカつく……」
「理不尽だな相変わらず……何したら機嫌治るんだよ」

 はぁーあ、とまたため息、わかんない、って突っぱねようとしたけど、一個だけして欲しいことがあったので、「……なら」と口を開く。

「…………私も、……して」
「ん、なんだ」

 私の声が小さくて聞き取れなかったのか、彼がぐいと間近に迫る。それじゃ逆に恥ずかしくて言いにくいのに、と思いながらも私は彼から視線を逸らしもう一度同じことを口にした。

「……私も、他のお姉さんみたいに、ナンパして。…………それで、一緒にクレープ食べてくれたら、きげん、なおしてあげる…………」

 改めて言葉にするにつれ、声がどんどん小さくなっていくのが自分でもわかる。最後の方はもう口の中でごにょごにょと不鮮明になってしまったがそれでも彼には伝わったようで、ぽかん、と鳩が豆鉄砲喰らったみたいな顔をしたあと、楽しげに口元を歪ませた。

「ほーう、そこは奢れ≠カゃないんだな、なに、奢りじゃなくても俺と一緒に食べるだけで満足すんのか、お前」
「……っ!」

 恥ずかしさに彼の肩を平手でばしばしと叩く。彼は「いてぇって」と言ってはいるが、やっぱり私の力じゃ痒くもないのだろう、その顔は笑顔のままだ。

「じゃ、まぁそうだな……そこの商店街をまっすぐ行ったところに美味しいクレープが売ってるんだが……俺と一緒に食べてくれねぇか? お嬢さん?」
「………………し、仕方ない、な」

 彼が差し出した手に、自分の手を重ねる。「素直じゃねぇの」なんて揶揄われたのでその手を痛いくらい強く握ってやった。

「ったく、そういう面倒なのは俺以外の奴にはやるんじゃねぇぞ」
「余計なお世話だし」

 ──だって、ランサー以外には、こんな気持ちにならないもん。

(とは、さすがにまだ言えないや)

 でも、もう少しくらい素直になりたくて、私は聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、彼に「ありがとう」と呟いた。

 ──その時、繋いだ手が固く握り返されたのは、きっと気のせいじゃないと、思いたい。




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