私の愛情さえ貴方への供物にして



 優しいキスだった。

 壊れ物に触れるような、慈しみと、愛に溢れたような──まるで本当にそうであるかのような口付けだった。

「──、」

 彼の低い声が、私の名を呼んでいる。愛する家族にそうするように、柔らかで、蕩けるような声色で。

「綺礼……──」

 同じように私も彼を呼び、彼の顔を見上げ、その深淵のような瞳を覗き込んだ。
 ゆっくりと瞬きを繰り返す私に、彼は再度、唇を重ねる。

「……ん……」

 私を抱きしめる力強くも優しい腕、寄せられた身体の温かさ、苦しくないようにと時折離される唇──全て──全て──まるで、彼が私を大切にしてくれているみたいな、まやかし。
 
 これは愛じゃない。
 それは彼の慈悲だった。

 私にはわかる、だって、彼は、こんなことを進んでする人ではなかった。
 だって彼は、こんなものを尊いと思う人ではなかった。
 ──それを知っている私にとってみれば、これはただ、情などひとつもない事務的なキスだった。
 なんの意味もない、空虚で、無駄で、無為な行為。
 
 そんなものでこんなにも喜んでしまう自分が、酷く虚しかった。
 
「──……、」

 離される唇、腕、身体。半歩分だけ、それだけしか離れていないはずなのに、私は今夜は随分と冷え込んでいたことを思いだす。

 ……もう一度見上げた彼の口元が歪むのを見て、私は、私のこの虚ろな心の内を識ったであろう彼の愉悦を想う。

 それならばそれで良いのだと言い聞かせるように、これ以上、何も考えなくても良いように、私は、固く目を閉じた。




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