大切だから、こそ「……ランサー?」
バタン、と扉の閉まる音に振り返ると、たった今帰ってきたであろう彼がなにも言わずにそこに立っていた。
珍しい、いつもなら「おう」とか「よう」とか、一言くらい返してくるはずなんだけど。……というか、普通に部屋に入る前にノックくらいしてくれ、デリカシーないな。
「なに? どうかし……う、わっ!?」
椅子に腰掛けていたはずの身体が宙に浮く。何事かと私を抱えた彼の顔を見上げるが、無表情で考えが読めない。いったいなんなんだ。
彼は私を抱き上げたまま、私の寝台の側へと歩いて行き──私ごと、柔らかなシーツに倒れ込んだ。
「わーーー!? な、なになになに!? び、びっくりした……!」
マットのスプリングのおかげでなんともなかったが、突然のことに驚いて悲鳴をあげてしまう。なにがしたいんだ、と彼を追求しようとしたところで、彼の腕が強く私の身体を抱いていることに気づいた。
痛くはないが、これでは身動きが取れない。
(あ、あれ、これって、つまり、その、そういう……!?)
さっきとは違う理由で心臓が高鳴る。どういう風の吹き回しだ、いつもは「マスターに
だけは興味ねぇよ」なんて馬鹿にして笑ってくるくせに。
いつもは饒舌な彼が、ただ黙っているのが、なんだか余計に私の鼓動を早くさせる。
「──……り、ねぇ……」
「え? な、なに?」
「…………魔力が、足りねぇ……」
──なるほど?
彼の絞り出したような呟きを聞いて得心がいく。それと同時に、呆れて思わず大きくため息をついた。いや、決して残念とかは思ってはない、うん。
どうせどこぞの弓兵と無駄な喧嘩でもしたか、それとも王様か綺礼に無茶振りでもされたのか、とにかく疲れたという様子で目をつぶってしまった彼は、どうやらこのまま眠り? にでもつくつもりらしい。
「ちょっとランサー、離してってば、魔力供給なら別の方法で……」
「んー……」
「きいてる?」
私が彼の腕の中で何を言おうと、彼は返事をする気はないらしい。生返事だけを返してそのまま黙り込んでしまった。
「本当、どうしようもないやつだな……」
離れようと少しもがいては見たものの彼の腕はふりほどけず、無駄だと分かった私は諦めて彼の胸に頭を寄せる。
「もっと効率の良い方法があるって言ってるのに」
添い寝での供給なんて非効率的この上ない、もっと、もっと良い方法があると、私だって彼だって、知っているのに。
(子供扱い、されてるのかな)
そんな方法はさせない、と思われているのか、できない、と思われているのか。
……まぁ、どちらでも同じことか。
「私だって、もう子供じゃないんだけどな」
ぼそりと、誰に聞いて欲しいわけでもなく呟いてから自分も目蓋を下ろす。
「私は、いいのに」
別に彼のことが好きなわけじゃない、私がそうして欲しいわけでもない。でも、
「ランサーなら、いいのに」
それくらいには、大切なのに。
彼の腕から逃れるのを諦めた私は、彼の胸に顔を埋めるように身体を寄せた。程よい温かさと心地よさに、私もなんだか眠くなってくる。
(ランサーも同じくらい、大切に思ってくれて……大切だからこそ、手を出さないとか、そんな風に思ってくれているなら、嬉しい、んだけどな)
そんな都合の良いことを考えていると、小さく、ガキのくせに、と笑ったような声が聞こえ、大きな手が優しく私の頭を撫でたような気がして、それが気のせいじゃなければ良いのにと祈りながら私は眠りについた。
clap!
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