春の夜に 風の冷たい春の夜だった。私は彼の部屋で、窓の外を見つめながら肩を震わせる。締め切ったはずのそれはひんやりと冷たく、外の気温を如実に物語っていた。
「まだやっぱり夜は冷えるね」
「そう思うのならば自室へ戻れ、お前の部屋はここよりはいくらか温かいだろう」
「そんなに変わんないよ、多分」
たしかに私の部屋はこの部屋よりもいくらかは上層にある。そういう意味で言えば、そちらの方が比較的温かい……と言えなくもないだろう。
けれどそんなものより何よりも、暖かい場所を私は知っている。
「えへへ」
彼の、綺礼の寝そべる寝台の上に、私も並んで横になる。普段よりも間近で見る彼の表情は、呆れているようでも嫌がっているようでもあった。
けれど決して無理矢理に私を追い出そうとはしないこの状況を、私は「彼の優しさ」だと思うことにしている。……そのほうが、私にとっては都合が良い。
「綺礼、おやすみのキスして」
「いつまで子供のつもりだ」
「……ずっと?」
ため息と共に彼が私の頬に手を添えた。そして私が目を閉じると、額に何かが触れる。
「……満足か」
「うん、安眠できそう」
頬が熱くなるのを感じながら私がそう言葉をこぼすと、彼は感情の読めない声で「そうか」とだけ言って、それきり黙ってしまった。
「おやすみ」
返事はもうない。私は一人、眠りに落ちる前のささやかな幸福を胸に彼の胸に頭を寄せる。
――言葉も上等な寝床も私にはいらなかった。彼のかさついた唇の感触は、上等なシルクよりもよっぽど私の肌を優しく撫でてくれるのだから。
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