献身、とは



「聖杯が手に入ったら……綺礼の願いを叶えられるね」

 少女はそう言って笑ったのは、聖杯戦争がはじまるよりも前の夜のことだったと記憶している。その言葉自体は何度も聞いたものだ、その時も私は特に驚くこともなく「相変わらずだな」と言って嘆息した。

「へへ……もうすぐだなと思うと改めて言っておきたくて?」
「気が早い、まだサーヴァントも出揃っていないが」
「うん、それはそうなんだけど」

 手にしたばかりの令呪にはしゃぐように、少女はその印を指でなぞる。……少女は、私とは違う、正常と言われる感性を持っているはずだというのに、何がそんなに楽しいのだろうか。
 あるいは、その正常性も、私に育てられるうちに掻き消えてしまったのか。

「……お前は、自分のために聖杯を使おうとは思わないのか」

 ふと、そんなことを聞いてみたくなった。彼女は数度瞬きをしたあと、にっこりと笑ってこう答える。

「綺礼のため、は、私のためだよ」
「そうではない……その私を自分のものにしたいとは考えないのか」
「うーん……考えないことはないけど、でも、いいの」
「——結果、お前自身が命を落とすことになってもか?」
「うん」

 ——それで構わないと告げた彼女の顔を、私は未だ覚えている。……どうせなら、辛苦の表情でも浮かべたなら、もう少し私の興味を引くこともできただろうに。
 困ったように眉を下げ、少し歪に口元に弧を描く。「本当は嫌だけど」「でも綺礼が望むなら」。そんな言葉まで聞こえてきそうなその表情に、私はただ目を細めた。

 向けられた感情には未だ慣れない。かつて、同じようなものを向けてきた女が居たことを思い出し、似ても似つかないその顔を重ね合わせる。……妙なことだ、似ているところなど一つもないのに、なぜか私の心はざわめくのだ。

 ——ならば、今度こそは、私の手で。

 そうして得られる答えもきっとあるのだろう、そんな淡い期待のような何かを抱きながら、微笑む少女の頭を撫でた。




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