あの日の想い出



 一人で火を使ってはいけない。そう彼はいつも私に言い聞かせていた。

 実際、私があまり料理が上手ではないのが原因ではあったのだろう。だって姉弟子の凛もちょっとおっちょこちょいなところがあったはずなのに、彼女には何も言わなかったんだから。……まぁ、彼女が自宅を焼失させたとしても彼は困らないし、私が火の扱いを誤って燃やすのは彼も住んでいるこの教会だから、そういう理由もあったのかもしれないけれど。

 とにもかくにもそのように言い含められていた私が、ついに一人で調理をすることが許されたのは齢十三になった頃。中学校へ進学してから少したってのことだった。

 そうして、許可がもらえてから初めて迎える十二月の二十八日。彼の……言峰綺礼の誕生日に、私は今年はようやく、と張り切っていたのだ。

 ……張り切りすぎていたのだ。

「……これは、お前が用意したのか」
「う、うん」

 目の前に広がる料理の数々を見て、彼が静かに息を吐く。当然だ、一つ一つで言えば少ないものの、なにせ種類が多い。質素倹約を良しとする彼には少し……いや、だいぶ、過ぎた量だろう。

 もちろん全て自分で作った――わけではない。絶対に用意するぞと決めていた麻婆豆腐は彼の好きなお店で持ち帰らせてもらったものだし、他のものだって「焼くだけ」「混ぜるだけ」という謳い文句の素材をふんだんに使っているものばかり。だから、彼に「やりすぎだ」と怒られても「食べきれない」と呆れられても仕方がないと考えてはいた。

 ……ただ一つ、それだけを除いては。

「け、ケーキも、作ったの……綺礼は甘いもの、好きじゃないかもしれないけど……」

 左右非対称の生クリーム、サイズも形もばらばらのいちご……それは小さめで不恰好なショートケーキ。これは、これだけは、正真正銘一から私が作ったものだった。

「美味しくできた……と、思うの、多分。だからちょっと、試しに食べて見てほしいかなって……」

 無理にとは言わないけど、と、だんだん私の声は小さくなっていく。何も言わずにじっとテーブルの上のケーキを見つめる彼の視線に、私はなんだか居た堪れなさを感じていた。彼から目を逸らすみたいに俯いて、本当に、気が向いたらで良いんだけど、と最後に付け足す。

 自分で自分を擁護するようで少し恥ずかしいんだけど、この時の私はまだ彼にどう接して良いかわからなくて……もちろん、彼のことが好きな気持ちはあったのだけど、子供だったからどうしたらいいのかわからなかったんだと思う。だから、喜んで欲しくて用意してみたけれど、もしかしたら迷惑だったかもなんて不安になったりもしていたんだ。

 そんな私を一瞥して、彼はおもむろにフォークを手に取り――ケーキを一口、口に含んだ。

「……食えないことはないな」
「……! へ、へへ、ほんと? よかった……」

 彼はにこりと笑うこともなく、そのまま椅子に座る。私も慌てて彼の正面に座り、彼と一緒に手を合わせた。

「あ、あのね、綺礼――誕生日、おめでとう」
「…………ああ」

 それ以上は、何も言わず。私たちはいつも通り二人きりの食事を始めた。結局彼は用意した料理を全て平らげてくれて――

 彼のそんなところが――大人になった今でも、泣きたくなるほど愛おしいと想うのです。




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