人の営みは今日も続く



 はじめて、彼が調理台に向かう背中を見て「ああ、彼も人間なのか」とようやく気づいた。

「まぁ……わからなくはないわよ、その気持ち」

 笑い飛ばすでも呆れるでもなく姉弟子はそう言って言葉を濁す。やはり彼女から見ても彼は人間離れしているように見えるのかと思ったが、むしろ彼女は私がそう言い出したことが意外だとでもいう顔でこう続けた。

「でもそうね、食べているところじゃなくて、作っているところを見てそう思ったのは不思議。ほらアイツって何も食べなくても眠らなくても生きていけそうなところあるじゃない?」

 それは私も同感。きっと数日飲まず食わず眠らずだろうと彼は彼の役目を果たすだろう。そもそも、彼は食べたくて食べているわけでも、眠りたくて眠っているわけでもないのだから。
 ……私は彼とは違うので、美味しいものを食べることにも昼過ぎまで眠り続けることにも愉しみを感じている。それが、ただの義務でしかない人生とはどれほどの……。

「ちょっと、どうしたの?」

 考えに耽る私に、怪訝そうな顔をした彼女が声をかける。いけない、思考が思わず逸れてしまった。とハッとして、私はなんでもないという意味を込めて首を横に振った。これは、私の悪い癖だ。

 なんの話だったか、料理をする姿に生を感じるのはなぜか? という話だったか。正直なところ、料理でなくても構わないんだけど。

 例えばそれは買い物とか。
 例えばそれは掃除とか。
 例えばそれは、洗濯だったりとか。

 食う寝る致すは畜生だってする。そうではない人としての営みを行う彼を見ると、やっぱり彼が人類であることを再認識して、少しだけ意外性を感じてしまうというかなんというか。

「それくらいするわよ言峰だって。生きてるんだから・・・・・・・・

 ……そうだよね、と私は同意の言葉を口にして、本当にそうかな、と心の中で呟いた。彼が本当に生きているのか死んでいるのか、彼の心臓の音を聞いたことがない私にはわからない。

 けれどそれでも、彼の営みを続ける姿を……彼の、正常であろうとするその姿を見るたびに、私は彼が人間だと思うのだ。
 その度に、私はこの人のそういうところが好きなのだと感じるのだ。




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