Data di vendemmia 万年筆もマフラーも、マグカップもタイもタイピンも花束も。彼と出会ってからの十年で、あげられそうなプレゼントはだいたい贈った。今年は本当にもう──手詰まりなのである。
「……困ったな」
カレンダーを眺めながら私はため息を吐く。今日は十二月の二十一日──後一週間で、彼の誕生日が来てしまう。
人へのプレゼントを選ぶ時、大抵は、相手の趣味、好きなことを元に選ぶと思う。私だっていつもはそうだ。
だけどこの言峰綺礼≠ニいう男に関しては、それがまた難しいもので。私は今年もまた、彼の誕生日前に頭を悩ませているのである。
彼の好きなこと──人が苦しんでるのを見ること? ……しかしそれをプレゼントする、というのはいささか私の良心が痛む。それに「誕生日だから第三者を苦しめてみました♡」なんて嬉々として言い出す女の子、流石の綺礼でも引くのでは? あの泰山の麻婆豆腐も好きなはずだが、麻婆くらいでいいのなら特段祝い事がなくたって食べに行くし、プレゼントとしてはちょっと弱い。
さてどうしたものかと悩んでいる時、ふと、王様が前に「やつの集めていた酒は悪くなかった」なんて話をしていたことを思い出す。
「お酒……ワイン、か……」
どうやら若い頃の彼はワインの収集をしていたようで、その中身はあの王様が「それなり」と称するほどのものだったらしい。今でもたまに、彼の私室に備え付けられた小さなワインセラーでは、瓶が減ったり、または増えたりしているのを私は知っていた。
もちろん、私は花の女子高生、お酒の違いも良し悪しもわかりはしない。それどころかこのままでは買いに行くこともできないだろう。
しかし、誕生日にワインなんて、まるでオトナのようなプレゼントを贈る──というのは、オトナへの憧れがある私にとって、魅力的で心躍る選択肢に他ならなかった。
「…………うん、決めた」
私は意を決して、彼に気づかれないようこっそり教会を抜け出した。
そして一週間後の彼の誕生日。
「──はい、今年のプレゼント!」
少し重めの紙袋、ワインボトル用の細長いそれを私は彼の目の前に差し出した。
「……ほぅ」
彼はそれを受け取り、意外そうに声色を少し高くする。中身の瓶のラベルを見てから、「年代物か」と目を細めていた。
「うん、ゔぃんてーじわいん? っていうやつ」
「それなりに値が張っただろう」
「ま、まぁ……でもどうせなら喜んで欲しかったから!」
飲めない私には味の良し悪しはわからない。わからないなりに、お店の店主さんや詳しい人に訊ねたり調べたりなどして、この街にある(かつ、私のバイト代で買えるくらいの)ワインの中では、これが一番良いと判断したのだ。
「そうか、ありがたくいただこう」
ラベルの文字を彼の指がなぞる。その横顔はいつもとは変わらず彼の本心は全く読めないが……今は彼が少しくらいは喜んでくれていると信じよう。
「しかし、よく購入できたな──止められはしなかったのか?」
「う」
ぎくり、と私は身体を硬直させる。そう、繰り返しになるが私は女子高生──十七歳である、普通なら酒類は購入できないはず、という彼の疑問はもっともだ。
「ま、まぁ……ほら! 私ってば大人っぽいから、制服ならまだしも私服だったら高校生とは思われないし……」
「──ふむ」
「…………………………ごめんなさい、嘘です、ランサーに手伝ってもらいました」
本当は認識阻害の魔術でも使って、私の姿が大人に見えるようにしようかと思っていた。だが、ポンコツな私ではそんな微調整が必要な魔術を使うことができず……心底どうでもいいという顔をしたランサーと二人、買い物に出たのだった。
──父親へのプレゼントを選びに来た仲の良い兄妹、というていで。
「そうか、だろうな」
私の考えも行動もお見通しだとでもいうのか、特段驚くこともなく彼はさらりと言った。うう、見栄を張ったのが少し恥ずかしい。
彼はそのまま、手に持ったボトルをあのワインセラーの中へと仕舞い込む。私が「飲まないの?」と首を傾げると、彼はワインを見つめたまま、あぁ、と小さく呟いた。
「こういうものは貰ったすぐではなく、しばらく置いてから飲むものだ」
「へぇー……」
博識な彼に感嘆の声を上げてから、「じゃあいつにする?」と私はソワソワしながら彼に訊ねる。
「それに合わせて何か作るよ、ワインなら……チーズ? とかがいいのかな」
アボカドなども良いと聞く。あまりその辺りには詳しくないが、しばらく置くというならその間に少し調べて作れるようになっておこうか。
落ち着かない私とは対照的に、彼は口元に手を当て少し考えるような素振りをしてから、「……三年後だな」と愉快そうに口元を歪めた。
「三年……?」
その期間の意味が分からず、私はさらに首を傾げる。
「あぁ……生憎、独り酒は趣味ではなくてな」
「!」
三年後──つまり、私の成人する年、お酒が飲めるようになる歳。ならば今の彼の言葉は、「その時に一緒に」という誘いに他ならなくて──
「……嫌とは言わないだろう?」
「もっ……もちろん……!」
やけに楽しげな彼の言葉に、私は間髪入れず頷いた。多分、何かまた彼なりの愉悦が含まれてるのだろうけど、そんなことは今はどうでもよかった。
「じゃ、じゃあ、私が二十歳になるまで──待っててね」
「あぁ」
私の言葉に、彼はまた小さく笑った。……これじゃあ、どっちがプレゼントをもらったのかわからないな。
……いや、そもそもの話──
普通の親子のような、普通の約束をして、普通の日を過ごす──その中に、彼の幸福があるのかと言われれば私は首を横に振るだろう。
だから、これは始めから終わりまで私のエゴ。
けれど──
──少しくらい、彼の幸福でもあればいい。と、私は先程の彼の顔を思い出して、そう願うのだった。
──三年後に、この封を切るのが、私なのか、彼女なのか……今はまだ、わからない。しかし、二人揃ってそれを開けることはまずないだろう。
お前が死んだ後、私がそれを開けるのか、あるいは──私が死んだ後、お前がそれを開けるのか。
(どちらにせよ、愉しみであることに変わりはない)
無論、私に自殺願望などはなく、恐らく後者はあり得ないだろう。
だが──私が死んだ後、私を想いながら酒を流し込む彼女の姿は──きっと、この上なく──
(……あぁ、叶うのなら、それをこの目で見てみたいものだ)
くく、と喉の奥で笑ってから、手に持ったワイングラスを傾ける。
──収穫は、まだ先。
clap!
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