「ギネスシチュー、シェパーズパイ、それから……」



 夏至——通説では、クーフーリンはこの日に生まれた、と言われている。実際のところを彼自身に問うてみても「さぁ、憶えてねぇな」なんて返されてしまうので、ならこの日で良いか、と私自身もその通説信じて 準備・・をはじめていた。

「ブーディカさん、最後の料理できました! ……味は、どうでしょうか」
「お疲れ様! ……うん、美味しいよ! これならきっと、みんなお腹いっぱい食べてくれるさ」
「いっぱい?」
「ふふ、いっぱいだよ」

 柔らかく微笑んだ彼女に「ありがとう!」と感謝を告げて、私はいそいそと彼等・・の元へ向かう。足止めはフェルグスをはじめとした数人のサーヴァントに頼んでおいたので、おそらくシュミレーションルームで手合わせでもしているのだろう。

「……あ、いたいた! おーい、ランサー!」
「んあ? マスターじゃねぇか」

 予想通り。彼、ランサーのクーフーリンはそこにいた。そしてその後ろにはキャスター、バーサーカー、そして年若い方のクーフーリンまでが揃っており、どうやら一人ずつ探す手間は省けたようだった。

「ちょうどよかった! みんないるなら、そのまま食堂まで着いてきて欲しいの」
「?」

 三者三様に首を傾げながら、彼等は特に異論もなく私についてきてくれる。その様子がなんだかおかしいやらこの後のことが楽しみやらで、私は口元を緩ませながら先頭を歩く。

「——じゃーん! 今日は宴でーす!!」

 食堂へ辿り着き私は両手を広げ胸を張った。目の前に広がるのはたくさんの食事、そして彼等の好きな、お酒。おお、と嬉しそうな声を筆頭に、彼等は思い思いの言葉を口にする。

「なんだぁ? 今日は随分と豪勢じゃねぇか!」
「なんかいいことでもあったか?」
「……ふん」

 やいのやいのと賑やかな彼等を、食堂の奥の席へと案内する。「今日は夏至だから」という私の呟きに、キャスターが「ああ」と手を打った。

「そういえばそんな話もあったな」
「あ? なんだよ」
「俺たちの生まれた日ってやつだろ」
「そうだったか?」
「知らん」

 彼等四人を座らせて、それから足止めに協力してくれたみんなも席に案内する。私がエール両手に「そうだよ」と息を吐くと、プロトが頭を掻きながら小さく言った。

「……つってもよぉ、あんま実感はねーな」
「じゃあ、祝われるの嫌だった?」
「いや、それはねぇよ、どんな理由だろうと宴は大歓迎だ!」

 ニカッと笑う彼の顔に胸を撫で下ろす、ランサーやキャスターもどうやら酒とつまみにご満悦の様子だ。
 唯一オルタだけはいつも通りの仏頂面ではあるが、大人しく席に着いているのを見る限り恐らく言うほど不服でもないのだろう。

「ふふ、実はね、今日のご馳走は全部彼女が作ったんだよ」

 人数分のグラスを持って来たブーディカが、私の肩を抱きそんなことを言った。「マジか」と声を上げたのはランサーだった。

「お前、料理苦手だろ」
「う、うるさいな……今日は頑張ったんだよう……」

 気恥ずかしさに彼から目を逸らす。……実は、並べられたご馳走はそのほとんどがアイルランドの伝統料理だったりもする。そう、うん、今日という日のために——ちょっと、本当に、私は頑張ったのだ。

 なんなら現状のカルデアの状況を鑑みて、サーヴァントへの食事のリソースをあまり割くのもよくないと、幾人かの協力者と共にレイシフト先から調達してきたりもしている。頑張りすぎといっても過言ではない。

 ふぅん、と訳知り顔のキャスターが私の左手をジッと見た。私は指先の絆創膏を隠すように背の後ろで手を組んで、「なに?」と言って何もない風を装う。

「いいや、なにも? ……まぁ、お前がそんなに一生懸命用意してくれたってんなら、楽しまなきゃ損だよなぁ」
「……」
「そうだな——んじゃ、ありがたくいただくとしますか!」

 乾杯! と大きな声が食堂に響く。そこからは想定通りの大騒ぎ、飲んで呑まれての大宴会となった。

 そこから都合三時間後、酒飲みの誰も彼もがいい感じに仕上がって来た頃に、ふと、ランサーが素面の私の隣へと腰掛けた。

「飲んでねぇのか」
「? うん、今日の主役はランサー達だから、お酒の弱い私が振り回すわけにはいかないかなって」
「……そうか」

 持っていたグラスの中身を煽り、彼は続けて「で?」と私に問いかける。で? と言われても、と私が戸惑っていると、彼はさらに「お前からの祝いの品はこれで終いか?」と目を細めた。

「う、うん……なんだよう、不満なのかよう」
「いや、概ね満足だ」
「概ねって……じゃあ他に、欲しいものでもあるの?」

 以前彼が「いい戦いといい獲物、加えていい主人がいるんなら満足だ」なんてことを口にしていたのを私はよく覚えている。だからこそ、物欲のなさそうな彼には何かモノを贈るのではなく、こうして宴を用意したりなどしてみたのだが。

 しかし彼自身が何かを欲しいというのなら話は別だ。それが私に用意できるものなら努力するのはやぶさかじゃないし、いつも私がワガママを言う分、こういう時くらいは多少の無茶な願いでも叶えたいと思ってもいるのだから。

「ある」
「……私があげられるもの?」
「おう、むしろお前にしか用意できんモンだな」

 首を傾げる私を、彼は酒で赤らんだ頬のまま指さした。

「——お前。……今から今日が終わるまでのお前の時間、全部俺に寄越せ」
「…………は、」

 それは、どういう——と、問い返そうとした私の目の前に彼の顔が迫る。口付けでもするのかという至近距離から、彼の「わかるだろ」という低い声が聞こえてきた。

「……他の奴らと同じなんて納得いかねぇ——なぁ、お前の一番槍は、俺だろ?」
「……! ら、ランサー、酔ってるな?」
「ンなことねぇよ、これくらいで呑まれるわけねぇ」

 そういう割にはいつもより近い距離、焦点の定まらない瞳、甘い声——うん、ううん、全然いろっぽいなとかなんて思ってはいないんです。ほんとうです。

 でも、でも——今日はほら——誕生日、だから——

「…………しかた、ないなぁ……今日だけ、だよ……?」
「っし、なら早速いくか!」

 渋々(という風を装って)首を縦に振り彼の望みを肯定すると、彼はすぐさま私を抱え上げた。そして「じゃ、俺らはここらで抜けるぜ」なんて高らかに宣言してウキウキで食堂を立ち去った。

「おう、せいぜい楽しめ〜」

 ……そんなキャスターのにやけ顔を背に受けながら。


 
「……恥ずかしい、やだもう、絶対みんなにそういう事だって思われた」
「実際そうなんだからいいじゃねぇか」
「よくない、やだ、本当に恥ずかしい」

 自室のベッドの上に四肢を放り出し、枕に顔を埋める私、そんな私に覆い被さり、うなじに軽くキスをするランサー。
 私が顔の熱もそのままに振り返れば、彼は「じゃあ、さっそく」なんて言いながらまた私の肌に唇を落とす。

「や、ちょっと、らんさ……」
「逃げんなよ——俺の、なんだろ」

 今は、そんな言葉が私の口内で反響する。唇を塞がれた私は肯定も否定もできず、瞼を下ろしてただされるがままに身を任せた。

 あぁ、できるなら、叶うのなら——少しでも、今日が長く続けばいいのに、なんて、そんなことを考えながら。
 




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