月夜の月、月明かり、どうか私の罪を照らさないで



 強く、そして美しい人だというのが、私の彼に対する純粋な想いであった。

 伝え聞くほどに勇敢な振る舞い、多勢に無勢を前にしても揺るがない決意、それらを蹴散らす本物の強さ。
 そして戦の中にあっても霞まぬその貌の美しさから、風に揺れる透き通った青、覚悟を秘めた二つの鮮やかな赤に、決して屈することのない立ち姿まで。
 全て、全てが――この世のものとは思えないほど輝いて見えて、そんな彼は、私にとってかけがえのない存在であった。

「――マスター、」

 彼が私の名前を呼ぶ。その優しい声色が私の鼓膜を揺らすたびに、私の胸は馬鹿みたいに高鳴って、彼が好きだと叫び出す。彼の瞳と目が合うたびに、私の頬は熱を持ち、初恋の少女のように火照るのだ。

 そうして、彼を愛しいと思うたびに――私は、私自身の惨めさに気づくのだ。

(彼が私を慕ってくれているのは、私が、マスターだからなのに)

 その優しさも熱も、向けられた恋慕のような情欲さえも、すべて――私が、彼のマスターであるから、ただ、それだけの理由で与えられたもの。

(そうだ、私が、たまたま彼のマスターになったから)

 たまたま、私に適性があって。
 たまたま、彼が呼ばれて。
 ――たまたま、そういうコトに都合が良かった、だけ、なのだ。

(そうでなければ、きっと、見向きもされない。私なんかじゃ……)

 横に並ぶ自分と彼を思い浮かべ、その不釣り合いさに唇を噛む。当然だ、彼はアルスターの大英雄、赤枝の戦士、クー・フーリン。私のような凡才以下の魔術師なんかが、隣にいていい存在ではないのだ。

 けれど私は夢想する。もしも、もしも彼が、こんな立場など関係なく私のことを愛してくれたのなら――
 もし、私がただの幼気な少女であって、魔術なんかとは関わりもなくて。
 そんな私が、たまたま彼と出会って、なんの偶然か言葉を交わすようになって、親交を深めて……そして、そして、そんな何者でもない私を、彼が好きになってくれるのなら……。

 ――そんなことを、夢想する。……益体のない妄想だ。そんなことは起こらない、まず前提からしてありえないのだ。

 私が彼と出会えたのは、私が魔術師で、彼がサーヴァントだったから。だから、こんなことは考えるだけ無意味なのだ。

 あぁ、それでも私は考えずにはいられない。もし……もし……サーヴァントとマスターではなくても彼が私のことを求めてくれるのなら――と。

 私は考えずにはいられないのだ。

 考えずには…………――




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