深紅に染まる白



 ごろり、寝台の上に転がっている女……俺のマスターは、柄にもなく眉間にシワを寄せながら手に持った端末の画面を睨みつけ、今日何度目かの寝返りを打った。

「んー……やっぱ足りないな……」

 どうやら最近、素材の管理などの仕事も任せられたらしい。そんなものは俺には特に関係もないが、一人でいるのは嫌だというこいつのわがままに俺は付き合わされている。
 俺もサーヴァントの端くれだ、マスターの命令くらい聞く。だが、ただ隣にいて欲しいというだけの願いであるのなら、俺よりもっと適任のやつはいるだろうに。

「……英雄の証、もう少し余裕が欲しいな」

 どうしようか、と困ったように頭の後ろを掻く。ちらりと、その手と服の隙間から彼女の白い首筋が覗いた。

「……――」

 当人は不健康なだけだと笑うその肌の白さ。深い黒色の髪が相まって、その白さが更に際立っている。
 そのコントラストも悪くない、悪くはないが、
 お前に似合うのは、もっと違う——そう、真紅の——

「……? オルタ? なにして……っ!? っい、あっ……!?」

 ぶち、ぶち、と、肌が貫かれる音がする。俺の口の中に、俺の下でもがく女の血の味が広がった。

「っう、うう、っ、ぐ……!」

 顎に力を入れると女は余計に低く呻き、その弱い力でなんとか俺を押し除けようと必死に抵抗を試みている。呻き声の合間にか細くなにか言っているように聴こえた。

(……声、は、耳障りだ、どうせなら喉笛に噛みつくべきだったか)

 一度顔を離し、角度を変えて再度そのうなじにかじりつく。狩った獲物を弄ぶ肉食獣のように何度も。少しずつ弱っていった女が、消え入るように「おるた、」と俺の名を呼んだところで俺は止まった。

 ゆっくりと顔を離すと、恐怖や戸惑いの表情を浮かべながら浅い呼吸を繰り返す俺のマスターが、やめろ、と俺を睨みつけている。
 その首筋には、傷口から溢れるこいつ自身の血が滴っていた。

「……っ、ふ、オル、タ、おまえ……っ」

 その血を舐めとると、傷が痛むのかびくりと身体を震わせる、それでもその眼だけは俺から逸らさず、「どういうつもり」と普段よりかは厳しい表情で俺に問いかけた。

 白い肌に、赤い色。
 そう、これだ、この色だ。俺はこれが見たかったのだ。

「オルタ、答えて、なんのつもりで……」
「……やっぱりお前は、赤が似合う」

 そう言って彼女の上から俺は身体を退ける。満足だ、と彼女の隣で横になると、俺の発言で目を丸くしたマスターが、ゆっくりと顔をしかめ、「おまえ……マジか……」と長い長いため息を吐いた。

「いや……本当に……マジか……えぇ……めちゃくちゃ痛かったんだけど……普通に食べられると思って怖かったんだけど……」
「そうか」
「そ、そうかってお前……なに……? バーサーカークラスになっても言葉だけは通じると思ってたけどダメなの? やっぱり狂化付与されてると会話が難しいの? ヒトノココロワカラナイ? ……いっだぁ!! なに!? もうなんなんだよお前ー!!」

 しつこい、と尾を振るい、マスターの腹の辺りを叩くと、大袈裟に叫ばれる。よけいに煩くなった。

「おい、管理の仕事とやらはいいのか」
「は? 邪魔したのオルタじゃん、さすがに怒ってるんだけど?」
「早く終わらせろ」
「怒っ……! いや、怒っても無駄か……もういい……あー……いったいなぁ……」

 諦めたように振り上げていた拳を下ろし、首を撫でる。痛むのか、眉間にしわを寄せたままぶつぶつと文句を言っているようだ。

(……赤)

 はじめに、それが似合うと感じたのはいつの事だったか。思い出そうとして頭の隅に針を刺すような痛みが走る。

 だがまぁ、そんな事はどうだっていい、記憶にないことなど、今はどうでも。

 この俺が、そう感じているのは確かに事実なのだから。
 それは確かなことなのだから。
 




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