なんせあいつは、俺のことが大好きだからな?



 カルデア内の研究室、その中の一つであるここで、今、一人の魔術師が限界を迎えた。

「あーーーーーー無理だーーー!!!! ッッッッランサーー!!!!!!」

 叫び声の後、バタン、という大きな音がして、それから無音。恐る恐る音のした隣室を覗くと、技術部所属、兼、マスター候補の神埼涼が物言わぬ死体となりかけていた。

「だ、大丈夫……ですか……?」
「おやおや神埼くん、今度は一体どれだけ無理をしたのかな」

 私の後ろからレオナルド・ダ・ヴィンチ特別技術顧問がそう声をかける。神埼……さん、は、「むりじゃない、むりじゃない……」とぶつぶつ言いながら虚空を見つめ、それでも右手に持ったペンは動かし続けていた。

「だから少しくらい休憩した方がいいと言ったのに」
「できる……私ならできるはずなんですダ・ヴィンチ女史……もう少しだと思ったんです……」
「思った、ってことは行き詰まったのかい?」
「は…………」

 虚無を見ていた瞳が少し大きく見開かれ、じわりと涙が滲む、そして今度はぐすぐすと泣き始めてしまった。

 付き合いが深いわけではない私でもわかる、これは、多分、限界というやつだ。

「うーん……無理にでも休ませないとダメみたいだね。……あー、君、申し訳ないんだけど彼女の御所望のランサーくんを呼んできてもらえるかな」
「え、あ、私が、ですか?」

 ダ・ヴィンチ技術顧問が呼んだのは私、たまたま居合わせただけなのに……と思わなくもないが、これだけ情緒不安定な同僚を放っておくのも寝覚めが悪いので「わかりました」と素直に頷き踵を返す。

「ありがとう、多分、今なら食堂かシュミレーション室にいるはずさ」

 そう言って手を振るダ・ヴィンチ技術顧問に軽く会釈をし、私は研究室を後にした。


 
 さぁ、そんなわけで私は食堂へ来たはいいが、ここで困ったことに気がついた。彼女は「ランサー」をご希望とのことだが、

 ——いったいどのランサー呼んだらいいのか?

「……もっとちゃんと聞いてから来るべきだった」

 こういう事前準備の不足は実験でも本番でも失敗につながると、最近ミーティングで言われたばかりだというのに。
 とにもかくにも、まずは食堂にいる他の職員やサーヴァントに話を聞いてみよう。……今は午後二時を回ったところだ、おそらくこの時間であればそう混み合ってはいないはずだ。

「ん……どうした、今頃昼食か?」
「おや、お腹が空いちゃったのかな?」

 食堂内をうろつく不審な私に二人のサーヴァント、エミヤとブーディカが声をかけてくれる。今日は二人が厨房の担当なのだろうか、だとしたら有難い。サーヴァントは共に人理を修復する仲間とはいえ……危険な者、関わらない方が良い者が多いのも事実だ。

「い、いえ、少し人を探しておりまして」

 安心感にほっと胸を撫で下ろした私は、そう言ってから研究室での神崎さんの様子を伝える。すると、エミヤは「またか」というように呆れ顔でため息を吐き、ブーディカは困ったように笑っていた。

「ただ、私はそのランサー≠ニ呼ばれる方に心当たりがなくて」
「ん、あぁ、そうか……まぁ十中八九やつの事だろうな」
「だね、さっきここでご飯を食べていったばっかりだから、追いかければすぐ見つかると思うよ」
「……? は、はい、ありがとうございます!」

 ランサー、と言う情報だけで二人には誰のことか分かったらしい。私にはまだなにがなにやらわからなかったが、追いかけるのであれば早い方が良い、と食堂を早足で立ち去った。

 通路に出て左右を確認すると、遠目に一つ、人影が目に入る。

「あ……ま、待って! 待ってくださいそこの方……へぶっ」

 慌ててその背を追いかけ、走って廊下の角を曲がる。すると、そこで立ち止まってくれていたらしい男の人と正面からぶつかってしまった。

「っと、大丈夫か?」
「すっ、すいませ……!」

 謝ってから顔を上げると、容姿端麗な青年——ランサークラスのクー・フーリンと目が合う。

(この人が、ランサー=H)

 光を反射して煌めく青い髪、透き通るような白い肌、背は高く、細身に見える身体にはそれでいてしっかりと筋肉がついていて——

「嬢ちゃん?」
「あっ、あ、す、す、すいません!!」

 つい彼の端正な顔立ちに目を奪われて無言になってしまったことを再度謝る。彼は気にするな、と笑い飛ばした後に、「んで、何か用か」と言って私に微笑みかけた。

 赤い瞳が優しげに弧を描いているのを見ると、思わず心臓の鼓動が早くなる。仕方のない事だとは思う、英霊と呼ばれる彼等には確かに見目麗しい者が多くおり、目が肥えない事もないが……このように、一職員に対して友好的な顔を向けてくれる者となると数少ない、要は、私は顔の良い男そういうのには慣れていないのだ。

 私は再度ぼうっと彼の笑顔に見惚れてしまいそうになるのを堪え、「実は、」と口を開く。

「……あー、マスター絡みの話か?」
「えっ?」

 私が何か言うより早く、彼がそう言って顎に手を当てた。何故わかったのだと考えていると、彼が私の胸元に指を刺す。

「名札、嬢ちゃんあいつと同じ部署なんだな……悪いな、迷惑かけたんだろあいつ、で、今度はなんだ?」

 また余計なもん作ったか、変な事思いついたか、などと言いながら小さくため息を吐く彼、なるほど、どうやら彼はこう言った事態には慣れている、らしい。

「その、研究室で、神埼さんが倒れまして……」
「無理した方か、ったく、何度目だあの間抜け」

 呼びに来てくれてありがとな、と私の頭を大きな手が撫でた。文句は言うものの、彼は彼女の元へ向かうつもりらしい。

「あ、あの、神埼さんはランサー≠ニしか言っていなかったので、もしかしたら人違いかもしれないのですが……」

 高鳴る鼓動を抑えながらそうも伝える。食堂の二人はどうやら彼がそのランサー≠セと疑いもしていないようだが、これで別のサーヴァントを連れて行ってしまったとなればこの時間が徒労に終わってしまう。
 
「ん、いやぁ、あいつがランサー≠ニ呼んだんだろ? ならそいつは九分九厘、俺のことで間違いねぇよ」
 
 ——十中八九の次は、九分九厘ときたか。どうしてそんなに自信があるんだろう。

 好奇心でそれを訊ねようとしたが、彼が、まるで世界一愛おしいものの話をするかの様な表情で微笑んでいたので——やめた。あまり深くきくのは、野暮というやつだ。

 心なしか楽しそうな彼を彼女の待つ研究室へと案内する。御所望の彼を連れて行くのだ、きっと、彼女もこれでゆっくり休むことだろう。
 何事もなく任務が完了しそうな安心感と共に、彼女達のその関係性を、少しだけ羨ましく思った。 




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