意識しちゃった「涼」
マスターの名を呼ぶ。振り返った彼女は不機嫌そうに顔をしかめたまま「なに」と小さな声で返事をした。
「いやまぁ、何ってわけじゃないが」
「……用事がないなら呼ぶなよぅ」
何がそんなに気に入らないのか、彼女は唇を尖らせてそんなことを言う。俺が何かしたか? と考えてもみたが心当たりは一切ない。
それに、機嫌が悪そうには見えるが、用はないとわかった上で俺と面と向かったまま何処にも行かずにいるところを見ると、実はそこまで虫の居所は悪くないらしい。
「…………なに」
「いや、なんでもねぇけど」
じっと見つめていると彼女はまた眉間のシワを深くして「ならこっち見ないで」と俺から目を逸らした。……心なしか、耳がほんのり赤く染まっている。気がする。
「……涼?」
「………………な、んだよぅ……」
返事はするが俺の方は見ない。そして何故か唐突にソワソワとしだして、両の手を所在なさげに揺らしていた。
「なぁおいマスター、お前——照れてんのか?」
「その、いや、まぁ——…………悪い?」
悪くはない、悪くはないが——
「……今、照れるようなこと、あったか……?」
そう思ったのがつい口に出る。
「う、うるさいな……! なんかこう、いろいろ考えてたら、ほら、なんか、なんかさぁ……!」
「いろいろってなんだよ」
「いろいろは、いろいろだもん!」
そう言ってさらに顔を背ける彼女の顔を覗き込むように回り込む。目を合わせてから「涼」ともう一度名前を呼ぶと、視線を彷徨わせた後、眉尻を下げながら「だって」と小さな声で話し始めた。
「ランサーの声、ひ、低くてかっこいいなと思って……」
「そうか?」
「そうだよ! だから、名前を呼ばれるとなんか……へ、変な気分になると言うか……」
あぁ、あのしかめっ面は照れ隠しだったのか。
「それに、ランサーの瞳、見れば見るほど綺麗、だから、見つめられると、やっぱりその……恥ずかしい、し」
それで目を合わせないようにしてるわけか。
「あと、その、ランサー、背も高いし、手も大きくて……その……ぎゅってされたら、って……ふ、触れてもらえたら、あったかいだろうなって……考えちゃって……そしたら……なんか……なんかさぁ……」
——なるほど——なるほど、な?
「……うう、恥ずかしいな、こんな……子供みたいな事で」
どんどん小さくなる彼女に手を伸ばす。お望み通り頬に手を添えると、肩をぴくりと振るわせてから彼女が顔を上げた。
真っ赤で、今にも泣き出しそうなほど瞳に涙を溜めて、
「——なんで、こんなに、好きなんだろ」
と、上擦った声で俺に言った。
「…………そんな顔されると、俺まで恥ずかしくなるんだが」
顔が、熱い。多分俺も今こいつと同じように顔を赤くしているのではないだろうか。
「っあー……やめだやめ! ガラじゃねぇだろ、俺もお前も!」
「わ、わかってるよぅ……でもなんか……す、好きだなって……改めて思っちゃったら、その……」
「やめだっつってんだろ……!」
いつも天邪鬼で意地っ張りなこいつが素直だと、なんだか俺まで調子が狂う。
まぁでも……たまになら、こう言うのも悪くはない。困ったようにはにかむ彼女の顔を見ると、そう思えるのだった。
clap!
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