愛されてるって確かめさせて



「好きよ、マスター」
「うん」
「愛しています、ますたぁ♡」
「うん」
「マスター、貴女と共にあらんことを」
「……うん」

 彼/彼女達の好意に嘘はない、疑ったこともない。みんな確かに、マスターである私を慕ってくれているのだ。

 ——それは、多分——私が——マスター、だから。

「……マスター?」
「……ん」

 私をそう呼んだのは、傍に立つランサーだった。自分でも情けないくらいか細い声で返事をして、寝台に腰掛け、手を伸ばした先にあった枕を抱え込むように抱きしめる。ちょっとでもこのもやもやする気持ちが落ち着くように。

「なんだ、元気がねぇな」
「なんでもない……」
「なんでもないことはねぇだろ」

 私と彼の二人分の体重でベッドが軋んで音を立てる。すぐ隣に座った彼が「で、なんかあったのか」と私の顔を覗き込んだ。

(近い、けど、触れてはこない)

 たった数センチ、離れて座る彼が、まるで意地悪でもしているみたいに感じる。

「……なんでもないよ」

 意地を張る子供のように、突っぱねて、抱いたまくらに顔を埋める。ふぅ、という彼のため息にちらりとそちらを見ると、呆れた、とも、面倒だ、とも、とれるような表情で「てめぇがそんなんだと調子狂うんだよ」と彼が頭を掻いていた。

「なんで」
「なんでって、そりゃお前が、」
「私が、マスターだから?」

 ぴたりと彼が動きを止めて、静かな瞳で私を見る。何も言わず、ただ黙って……
 ……私は少しだけ、彼のこの顔が苦手だ。普段の親しみやすい彼とは違い、何を考えているかどうにもわからないし、なんだか……なんだか、責められているような気分にも、なる。

「マスターだから、落ち込んでると困る? 元気でいてくれないと、調子が出ない?」
「……」
「マスター、だから、心配してくれてるの?」
「……」

 彼の答えを聞く前に、私は彼から目を逸らした。

(あーあ……)

 馬鹿なこと言っちゃった、私。

 こんな言い方したら、彼はきっと「違う」というに決まってる。

(だって、私はそう言って欲しいって望んでるから)

 それがわからない彼じゃない、それがわからないほど浅い付き合いでもない。

(無理矢理言わせたって、意味ないのに)

 嘘でもいいなんてそんな殊勝な考え、私は持ってない。本当に心の底から、彼に好きだと、思って、欲しい、のに。

「ごめん……なんでもない」

 私は何も言わずにいる彼に耐えられず、そう言ってベッドに横になる。

 ごめんね、面倒臭いマスターでさ。その言葉すら飲み込んで、私は小さく丸くなった。あぁ、呆れてくれて構わないから、早く何処かに行ってくれれば良いのに。

「……お前がマスターだから、お前の心配をしている」
「!」

 なんで、そんなこと言うかな。

 嘘でも本当でも、聞きたくない言葉。……わかってる、私が言い始めたんだ、私が悪い、だから彼も、怒って、呆れて、そんなこと言うんだ。
 そお、と呟こうにも声が震えそうで、ぐっと黙ってシーツに顔を押し付ける。あーあ……あーあ、もう、馬鹿なこと言っちゃったなぁ……。

 そんなふうに考えていると、寝台が揺れた。彼が立ち上がったのかと思ったが、彼の短いため息が私の上から聞こえる。なぜ? と思い顔を上げると、私に覆いかぶさる彼の目があった。

「——本当に、そう思ってんのか?」

 じ、と私を見下ろす瞳はやはり感情が読めず、引きむすんだ唇は怒ってるようにも——悲しんでるようにも見えた。そんなわけ、ないのにね。

 ……ない、よね?

「涼」
「……!」

 卑怯だ、今、名前を呼ぶのは。
 でも、でも答えなきゃ、問われたのだから、そうだよって、そう思ってるって、彼に、

「……そう——
 ——じゃ、なければ、いいのにって…………思って————」

 私が全部言い終わる前に、彼は私の唇を奪った。
 


 そして、その日彼は何も言わずに私を抱いた。

 彼がどんな顔をしていたかは、わからない。涙が溢れて、視界はずっとぼやけたままだったから。

(言葉じゃなくて行動で示したってこと?)

 そうしないと、私が納得しないと思ったから、そうしてくれたの?

 ——だとしたら、彼は私がどうして欲しいか考えてくれたわけで。
 ——それは、彼に本意ではないことをさせてしまったってことで。
 ——やっぱり、私はそれじゃ、満足できない、わけで。

「……本当は気付いてるんだ、マスターだからじゃなくて、私が私だからランサーは私を大切にしてくれてるのかもしれないって」

 だけど、やっぱりまだ不安だから、
 もう少しだけ、愛されてるって確かめさせて。
 ……面倒なマスター恋人で、ごめんね、ランサー。
 




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