ねんねんころりよ



 少し離れた背後から、ぱちぱちと焚き火が燃える音が聞こえる。続いて、すぅ、すぅ、と、少女の寝息のようなものも。

(……随分と気を許してるもんだ)

 この異聞帯の住人であるアルトリア、ガレス、そしてあの馬はまだしも、汎人類史側の人間である「藤丸立香」でさえこうも無防備に寝顔を晒しているこの状況は、オレとしては少し頭の痛いものではあった。

(そりゃあまぁ、手を出そうもんならオベロンかダヴィンチあたりが許しちゃくれねぇだろうが……だからといって、なぁ?)

 ため息なんだか嘲笑なんだかわからない息を漏らし、「ちょいと警戒心がなさすぎると思わねぇかい」と呟いて振り返ると、そこにはもう一人のマスター……神埼涼が沈んだ顔でオレを見下ろしていた。

「あんたはそこんとこ、あの嬢ちゃんよりシビアみたいだな。なんだい、オレの番じゃ安心して寝られねぇか」
「べつに、そうじゃない、けど」

 そう言いながらもそこを動こうとしない彼女に、まぁ座れよ、と自身の隣へ来るよう促した。彼女はオレの誘いに少し戸惑うような様子を見せるも、おずおずと、まるで遠慮するかのような素振りでオレの隣に腰を下ろす。

「んで、なんだ、眠れねぇのか」
「……えっと」
「眠れねぇんだろ、ひでぇ顔しやがって……それで誤魔化せると思ってんならお笑い草ぐさだぜ」
「…………」

 目の下の隈を確認するように、彼女は自身の顔を触る。日中は、めいく? とやらで隠しているつもりらしいが、夜になればそれも剥がれてこのざまだ。……いや、そもそも、そんなもん関係ないほどにこいつが限界なのはオレからすれば明らかだった。

「……あー、なんだ、オレの見張りが不安なら、ダヴィンチでも叩き起こして代わってもらうが」
「ち、違う……村正が悪いんじゃないんだ……そうじゃなくて、その……眠れなくて」

 そうは言いながらも彼女は眠たい目を擦るような様子を見せる。隣に座れと促した以上、理由を問わないわけにもいかず、オレは「なんでだよ」とその横顔に問いかけた。

「……夢見が、すごく、悪くて」
「夢見だぁ?」
「…………そう」

 ぼんやりとした表情は目を閉じればすぐにでも眠りに落ちてしまいそうなもので、なるほどそれは「眠れない」のではなく「眠りたくない」のだと、オレは納得に頷いた。

「なんだ、ギリシャの異聞帯で見た時はシャッキリした姉ちゃんだと思ったが、案外可愛らしいところもあるもんだ」
「茶化さないで……本当に、困ってはいるんだから」
「そいつは悪かった」

 しぱしぱと瞬きを繰り返しながら、シワの寄った眉間を指で抑える。その横顔に「原因に心当たりはあんのか」と問いかければ、小さい声で「あるにはある」と曖昧な答えが返ってきた。

「……ここは、汎人類史のサーヴァントが召喚できないでしょ」
「おう」
「…………だから、呼べなくて」
「誰を」
「………………わたしの、ランサー」

 そう言って、彼女は顔を隠すように膝に埋めた。

「……? あぁ、あいつか」

 前に一度、カルデアと対峙した時に彼女の隣についていた青い槍兵。その時のことを思い出して「そういうことか」と俺は息を吐く。

「なんだ、お前さん、あの男に寝かしつけられないと寝られねぇわけか」
「ちが……っ! なんで、そんな言い方するかな」

 しかし強くは否定しないあたり、まぁやはりそうなのだろう。ぶつぶつと文句のような独り言を漏らす彼女は、照れているのか機嫌でも悪いのかという様子で埋めた顔を少し上げ、オレとは真逆の方へ視線を逸らしていた。

「ははぁ、それで寝不足ってわけか、難儀なこった」
「うるさい……本当に、困ってはいるんだから」

 怒ったような顔はするものの、やはりその言葉にいまいち覇気がない、恐らく本当に眠れていないのだろう。
 聞いたからにはどうにかしてやりたいとも思うが、思ったところでオレがその男を喚べるわけでもなし。喚べるようにしてやる手立てがあるわけでもなし。
 どうしたもんか——と考えて、オレはぽんと手を打った。

「よし——なら今夜は爺の膝でも貸してやろうか」
「——っへぁ?」

 間抜けな声で、なんでそうなるの!? と慌てたように身を引く彼女の腕を引き寄せる。思うよりも簡単にこちらに倒れ込んだその身体を出来るだけ優しく受け止めて、あぐらをかいた自分の膝の上に丁度頭が乗るように少し体勢を整えた。

 丁度小さな子供をあやすように、驚いた表情のままの彼女の腹の辺りを数度ぽんぽんと軽く叩いてやると、ようやく我を取り戻したのかその顔がハッとしたものに変わる。

「い、いや……いやいや! まって村正! こ、これはさすがにおかしいと思う……!」
「そうか? まぁ、あんたのランサーとやらの代わりになるとは思わねぇが、ひとまずその場しのぎくらいにはなれんだろ」
「いや、代わりにしたいなんてそんなこと思ってないし、そ、それにこんな、み、みんなに見られたら恥ずかしいし……!」
「いいんだよ、阿呆、……甘えられる時には甘えとけ、あんたは大人のつもりかも知れねぇけどよ—— オレからすれば、あんたも充分子供なんだからよ」
「——そ、う、かな…………」

 言葉を交わすうちに、彼女の目はどんどん開かなくなっていく。そうして眠気が限界を超えたであろう彼女はそのまま、あっという間に小さな寝息を立て始めたのだった。

「……なんでぇ、お前さんも随分、無防備なもんだな」

 眉間に皺ひとつない寝顔を見て笑う。味方なんかじゃねぇってこと、わかってんのかねぇ。と問いかけても返ってくるのはぼんやりとした寝言だけ。——まぁ、いいだろう、こんな夜があっても。オレは幼子のように眠るその姿を見下ろしながら、長く長く、息を吐いた。
 
 ——翌日、彼女は他の誰よりも早く起き、一言「悪い夢は見なかった」とだけ言って耳まで真っ赤にしたまま川の方へと駆けて行った。その様子がいじらしいやら可愛らしいやらで、やっぱりオレは笑うしかないのだった。
 
 


 
 後日
 
「グリム……グリムねぇ……」
「なんだよ赤いの、俺の顔をじろじろ見やがって」
「なんでもね——いや、なんでもあるな、思い出したぜ、あんたアイツのランサーとやらにそっくりだ」
「あ?」
「おい嬢ちゃん、良かったじゃねぇか、これで夜も眠れるようになるじゃねぇか!」
「!! ……こっ、声がでかい、声がでかい、村正、声がでかい……! そしてそうだけど違うから、ちょっと違うからぁ……!」
「……ほーう? おい村正、詳しく聞かせろよ」
 
 




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