04



 ――そんなある日のことだった。

「まぁ、よくあることだよ」

 ため息を吐くマスターを見下ろしながら、「よくあっちゃ困るんだがな」と俺も息を吐く。

 ――微小特異点へのレイシフト中、突如カルデアとの通信がダウン。おまけに魔力の供給も怪しいときたもんだ。……この状況を「よくあること」で済ませるのは、やはりよくないんじゃないだろうか。

「……特に問題の大きな特異点でもないし、多分、私とランサーの二人なら単独で修復も可能だとは思うけど」
「さすがの俺でも一切魔力供給なしじゃ宝具の使用回数は限られるぜ」
「だよね、……それだけが問題、かぁ」

 すでに幾度かの戦闘を終え、俺たちは互いに消耗していた。もちろんこの程度で根を上げるほど俺もこいつも軟弱ではない、が、しかし、いつ通信が復旧するかもわからない以上、むやみな行動は避けておきたいところだった。

「魔力供給さえ、できれば……」

 彼女が呟くように口にした言葉に、俺はその横顔を振り返る。真剣に何かを考えるような表情を見て――こういう時の手っ取り早いやり方があるのを、知らんわけでもないくせに。……と、思わず口をつきそうになった言葉を飲み込んだ。

(思っていても、言わんほうがいいこともある)

 こいつの場合は、特に。
 そんなことを言って機嫌を損ねるのも面倒だし、なにより言ったところでその方法をとる可能性は皆無だ。それなら向こうから(苦渋の決断という様相だろうと)言い出してくれるのを待ったほうがどんなにか――

「――じゃあ、しようか、魔力供給」
「は」

 期待通りの/予想外の言葉に、俺の口からは間抜けな声が漏れる。彼女が再度「魔力供給だよ、魔力供給」と繰り返すのを聞いて、俺は柄にもなく少し焦りながら聞き返した。

「お前、魔力供給って何するか知らねぇわけじゃねぇよな?」
「そんなわけないでしょ……こう見えても一応、魔術師としてやってきてるんだからさ」

 ああそう、そうだったな。なんて我ながら間の抜けた返事をしながら、いや、こいつのことだ、キスやら血液の接種やらで済ませる気じゃないだろうか。と思案する。
 しかしそんなこともないようで、彼女は淡々と「背中の痛くないところがいい」などと言い、落ち着ける場所を探すように周辺の探索を始めた。

「仕方ないよ、こういう可能性もゼロじゃないって、わかっててマスターやってるんだから」

 彼女は俺に背を向けていて、その表情はうかがい知れない。こいつにとってはその程度のものか、と、ほんの少しだけつまらなさを感じながら、「そうかい」とだけ返し、同じように周囲を見渡す。

 森の中で都合よく放棄された小屋などが見つかればよいのだが……と期待を胸に探してはみたものの、やはりそんなものが見つかるわけもない。強いて言うならば大樹の木陰に短めの草が生い茂っており、まだましか、と思えるような状態であるのを発見することはできた。恐らく、これ以上探し回ってもここよりもまともな場所を見つけるのは難しいだろう。

 充分、上々だろ。とマスターを振り返れば、彼女も同じように感じたのか、短いため息とともに小さくうなずいた。

「……じゃあ、さっそく」

 そう言って、彼女は自身のボタンに手を掛けた。
 情緒も風情もない奴。……とは思ったが、仕方のないことだ。なにせ、こいつは別に俺に抱かれたくてこうしているわけではないし、必要に迫られて致し方なく――

 ――そう、考えていた俺の視界に、震える彼女の手が映った。

「お前、」
「なに? ……あ、あ、いや、少し肌寒くて」

 その頬が赤く染まっているのもか。
 言わずとも伝わったのか、彼女は顔を手で隠すようにしながら「気にしなくていい」と上ずった声を絞り出す。その恥じらっているかのような姿は俺に見惚れる他の奴らと同じような表情で。

 まるで、そう――好きな奴と――

「ランサー」

 ためらうような声が俺の名を呼ぶ。視線は一切逸らさずに「なんだ、マスター」と応えれば、しばらくの沈黙の後、普段からは考えられないような小さな声で「無理はしなくていいから」と消え入りそうな言葉が漏れた。

「……もうそうする他ない、ってまでじゃない、し、……無理強いしてまで、しなくちゃいけないわけでも、ない、から……通信が回復するまで、ここで待機してたって――」

 ――その言葉を聞き終わる前に、俺は目の前の女の唇を奪う。

 驚きに目を見開いた彼女が咄嗟に振り上げた手を地面に縫い付けると、思いのほかそれ以上は抵抗もせず従順で、もう少し暴れでもするかと思っていた俺は拍子抜けすると共にそのいじらしさに喉を鳴らした。
 可愛いところもあるじゃねぇか、とは言わない。ただもう一度離した唇を重ねてから、未だに不安げに揺れる瞳を見下ろして告げる。

「いいか、マスター。今からお前を抱くのは魔力供給のためじゃねぇ――俺がお前を抱きたいから抱くんだ」
「……!」

 それ以上は、お互い何も言わなかった。
 結局その特異点はその日のうちに俺一人で解決して……両名、ほとんど無傷の状態で、俺たちはカルデアに帰還したのだった。





clap! 

prev back next



top