泡沫の記憶と君のこと * セントバレンタイン当日、の、深夜。モニタールームには未だ光が灯っていた。……灯っていたもなにも、まぁ、自分が使用しているからではあるのだが。
「こんな時間まで何してんだ」
「ランサー」
そんな私へ、青い槍兵が声をかけにくる。私は素直に「この間のレイシフトの記録をちょっと」と映像の映るモニタを指差した。
「あー、嬢ちゃんたちが行ったアレか、映像は撮れてたんだな」
「断片的だけどね、通信はからきしだったけど」
レイシフト先との通信断絶。……それが珍しいことではないのは私たち技術職の不徳の致すところではあるが、まぁ、なんだ、情けない話それは事実で。今回も例に漏れずこちらとあちらの連絡は途絶え、彼女たちが彼女たちだけで特異点を解消してくれるまで、私はのうのうと温かな椅子の上でただ待っていただけだった。
「せめて記録くらいは確認しておこうかと……何もできなかったからね」
「真面目だねぇ」
「そうかな」
言うほど、今回の記録は長くもない。勤勉さを主張するには少し足りないんじゃないだろうか。
そんなことを考えている間にも場面は進み、ついに聖杯を回収したところで——
「綺礼神父の清廉さを、あなたも見習ってはどうですか?」
……赤髪の女が、そんな言葉を口にした。
「清廉、か」
そうだね、もしかしたらきっと彼はそうだった。そんな人だったように思う。
けれど、その彼に裏切られたはずの女がそれを言うのは面白くはなかった。
(あぁ、清廉……清廉、かなぁ? たしかに私欲という私欲はなかっ……いや、結構なかったかな、まみれてるってほどじゃないけど……)
彼があの聖杯戦争で自分自身への答えとその理由を求めていたのは私欲ではなかろうか。けれどそれ以外であれば彼はたしかにそうであり、そうであろうと努めていたし、対外的にはそう見せていたのだから、彼女がそう思うのも納得だ。
けれど、本当の彼は……彼は……
…………どう、だっただろうか。
「——、」
郷愁のような、喪失のような気持ちに、私の左胸が酷く痛む。
彼が死んだのはもう何年も前の話だ。十年間隣にいた私ですら朧げな彼の記憶を、まるで昨日のことのように話す女が羨ましくないかといえば嘘になる。けれどそれよりも——いつか、彼と共に過ごした年月が私の半生にも満たない年月になるのだろうと思うと、それが一等、悲しかった。
(——いつか、私は彼を忘れるんだろう)
いつか、私は彼を過去にできるのだろう。
それがいつになるか、私にはまだわからないけれど
(いつまでもそんな時が来なければいいのに、……それが無理なら、いっそ今すぐ……)
彼女が「あなたが私を忘れていることが怖い」と言った気持ちが少しだけわかる。私が怯えているのは忘れてしまうことにだけれど、結局は同じことなのだ。
……なかったことには、したくないから。
「……? どうした、マスター」
いつか、今ここで私をマスターと呼ぶこの男も座に還り、私のことなど道端の石よろしく忘れるのだろう。サーヴァントとはそういうものだ。そういうものだから、仕方がないと思える。
(あぁ、でも、私は人間だから——そういうものとは、割り切れないのが、余計に……)
忘れたくない、覚えていたい。
「……なんて、子供のわがままかなぁ」
「あ? なんの話だ突然」
別に? と曖昧に微笑めば彼はそれ以上追求はしてこなかった。全ての映像が終了したのを確認して、私はモニタの電源を落とす。
「お、戻るのか」
「まぁね……約束もあるし」
「誰と」
「…………んー、秘密、ランサーもおいでよ」
「……嫌な予感がすんな……やめとく」
勘のいいやつ、と思いながら私は深夜の
女子会のために飲み物でもとキッチンへと足を向けた。
(メイヴちゃんと、カレンの分と——あと、あの人の分もか)
赤髪の彼女が一体
どちらでくるのかはわからないが、きっと今日は今までよりも少し素直な気持ちで彼女の顔が見られるだろう。
そして、もし許されるなら——彼女の中にある、鮮やかなままの彼の記憶を、どうか私にも聞かせてほしいと思う。
——ほろ苦いチョコレートでも食べながら。
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