誰にも見せない腹の内、暴いた悪魔の体温が*



「あんたさ、後悔してること、あんだろ」

 ふと、廊下でそんな声のかけられ方をして、不快感に振り返った。

 そこにいたのはかつて見たことがあるような/初めて見たような顔をした男、復讐者アヴェンジャーアンリマユが不気味な笑顔で佇んでいた。

「……後悔のない人間なんて、ごく少数だと思いますケド」
「そりゃそうだ!」

 ケラケラと笑う彼がどうにもうっとおしくて、私は「それじゃ」と早々にこの場を離れようと踵を返す。
 その背中を、彼の嘲笑うかのような声が追いかけてきた。

「──じゃあ質問を変えよう、アンタ、探してるモノはあるかい」
「──、」

 足を、止めた。止めてしまった。それでも振り返ることだけはせず、私はいたって平常心であるかのように振る舞って、「ないよ」とだけ声を絞り出した。

「えー? 嘘はよくないよなお嬢さん、そーんな迷子みたいな顔して生きてるやつが、何も探してないなんてこと、あるはずないだろ」

 ──不愉快だ。

 不愉快だ、不愉快だ、不愉快だ、不愉快だ。
 一体どうしてそんなにも、わかったような口ぶりなのか。

 誰も、何も知らないはずなのだ。私のこの渇望を。
 冬木へのレイシフトを無断で行ったその理由を。
 悪夢にうなされる夜のことを。
 燃え盛るあの街を見た時──少しだけ安堵した、私のその心の内を。

「……ないよ」
「あ、そう? ざーんねん」

 特に残念そうな様子もなく、彼はそう言って息を吐いた。

「用が済んだのなら、もういい?」
「冷たいなー、俺は結構アンタのこと気に入ってんのに」

 私はたまらず振り返る。

「それはどうも……! 私はあなたのこと嫌いですので、お気遣いなく!」
「あらら嫌われたか、ま、聖杯がご希望ならどうぞお気軽に! あんたの力になれるぜぇ? ……欠陥品で良ければ、だけどね」

 彼は、その悪魔は、私が気に入っていると、だから力を貸すと、聞き覚えのある/聞き慣れない声でカラカラと笑っている。私は、それがどうにも、忌々しくて、許せ、なくて──

「……っ! 誰の、せいで……! あなたが──」

 あなたの、せいで。口にしてから後悔が襲う。そんなことはないのだ、彼のせいであるはずがないのだ。

 あの人がそう産まれたのは彼のせいではなく、あの人が理由を求めたのも彼のせいではなく。
 さらに言うならば、この彼に、あの人に関わる責任を問うのは八つ当たりに他ならず。

 よりによって、この世全ての悪であれと呪われた彼に、こんなこと、言うべきじゃなかったのに。

 ……私は彼の前で膝を折り、俯いた。下を向いた瞳から、せきを切ったように涙が溢れでる。私は、未だにこんなに弱かったのだろうか。

「ははは! 泣くことないぜお嬢さん、今なら出血大サービス! アンタら・・・・の悪もぜーんぶまとめて、俺が背負ってやってもいいぜ」

 ──なにせ、この世全ての悪アンリマユですから?

 変わらぬ笑みを貼り付けた彼が、ひどく憎くてたまらない、のに。
 そのはずなのに、何故か私は、その言葉に少しばかりの安心を感じてしまったのだ。
 幼な子を宥めるように彼が私の頭を撫でる。エーテルでできた手は、死体のように冷たかった。
 
 その冷たさが、私にはやけに懐かしかった。




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