お前のものだと言ってくれ



「ランサー!」

 マナナン……もとい、バゼットが、彼のことをそう呼んだのを聞いた。
 以前の聖杯戦闘で出会った……いや、マスターとサーヴァントであった時の記憶が、どうやら彼女にはあるらしい。
 対する彼はどうもこれっぽっちも覚えてないみたいな顔で——

「……どこかで会ったか?」

 ——なんて、やっぱりちょっと覚えてますよーみたいな、そんな緩い言葉を彼女に返した。

(ランサー……ランサー、ね)

 このカルデアに来てから長いこと、その呼び方は私だけのものだったはずなのに、と、そんな訳のわからない気持ちに息を吐く。

「クーちゃん——私のクーちゃん!」

 バーサーカーのクー・フーリン[オルタ]をそう呼ぶのはメイヴ。特異点では確か、私の王様とも呼んでいただろうか。それは、まぁ、そうなるのも、うん、彼の発生の理由から考えてもよく理解できる呼び方で。
 縁のあるサーヴァントが少ないはずのプロトでさえ、「前に俺を召喚した女は……」なーんて、そんな話をする始末。……いや別に、彼らのそんなところに対して何か思うわけではないんだけれど。

 なんというか、こう、少し、本当に少しだけ……彼らの前の主というやつが、気にかかるというかなんというか——

(——私、こんなに狭量な人間だったっけ?)

 だったのだろう、多分。自覚がなかっただけで。

 ああ、正直に言おう、私の何某……なんて呼び方が、正直すごく羨ましいのだ。私だって、私のランサーとか、私のバーサーカーとか、呼びたい。いや、呼んではいるのだが、心の底からそう呼びたい。今のままではほんの少しだけ……「でも、私以外のマスター(かそれに近しい存在)もいたのでしょう?」なーんて気持ちが湧いてしまうのだ。

(…………面白くないな〜……)

 食堂で和気あいあいとしているバゼットとランサーを眺めながら唇を尖らせていると、聞き慣れた声が後ろから私の名前を呼んだ。

「よう、神埼」
「……キャスター……」

 そういえば、この人もクーフーリンだったな、一応。
 成り立ちに少しばかりの異質はあるものの、ベースは他と同じ光の御子クーフーリン。顔も、声も、真っ赤な瞳もランサーと同じ出立で、「どうかしたのか」なんて声をかけてくる。

「……べつにぃ」

 先ほどまでの幼稚な考えを悟られないよう、私は彼から目を逸らす。だって恥ずかしいじゃないか、子供みたいに拗ねてるのを知られるのも、その理由を知られるのも。

(……でも、そういえばだけど、キャスターだけは前のマスターの話なんてしてなかったな)

 なんで? と聞いてしまいたい気持ちで改めて彼を振り返れば、赤い瞳と目があった。それだけで何かを察したみたいに、彼は愉しげに口の端を持ち上げる。

「あぁ、なるほどな」
「な、なんだよ……」
「いや? ただ、そうさな——俺は、お前の・・・キャスターだぜ、マスター」

 息を呑んだ私に、彼が、く、と笑い声を漏らす。なぜわかったんだ、とぶるぶる震える私を見て、彼はさらに口角を上げた。

「いやぁ、可愛げあるもんだな、お前さんも」
「な……! な……!」

 言い返す言葉が何も思いつかず、私は赤い顔を俯かせる。

 恥ずかしいやら、にやけ顔がムカつくやらで、しばらく顔は上げられなかったが——ほんの少しだけ、「私のキャスター」という言葉の響きが、私の胸をあたたかくしていた。




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