夏の魔物は人を阿呆にするらしい 照りつける夏の太陽! 自然豊かな森! 聞こえてくる小鳥のさえずり……思ったより涼しくもない湖畔、冷房のない山のコテージ、そして、
終わらない、労働──
「〜〜〜〜もうやだぁーーーー!!!!」
私の悲痛な叫びが、夏の特異点に響き渡った。
「……おい、とりあえず安心とはいえ、何があるかわからねぇんだぞ、もう少し慎重にだな」
「やぁーだぁーーー!! 暑い!! 日差し痛い!! 疲れた!! もう休むぅ〜〜〜!!」
ばたりと道中で手足を放り出す。前を歩く私のサーヴァントであるランサーは、深く大きなため息を吐きながらも私に付き合ってその足を止めていた。
「早く行くぞ、嬢ちゃん達が来る前にコテージの周りくらい安全にしとかねぇとだろ」
「あー! 私も安全が保障された後に来たかったー!」
駄々をこねる子供のようにジタバタと足をバタつかせる。もう一度吐かれた彼のため息は先ほどより深い、どうやら本気で呆れているようだ。
「お前がついてきたんだろ」
「ランサーが行くっていうから」
「だから、俺だけ先に来てお前は後から合流すりゃ良かっただろ」
──こいつは本気で言っているのか? バラバラで行動すれば良いだけだ、と?
つまり、お前は私を置いていくし、私はお前を一人で送り出せ、と?
「……っそれはやだったの!!」
それくらいわかってよ、と、幼児期、反抗期、思春期すべての世代の子供もびっくりするくらいのワガママを振り回しながら私は五体投地を続ける。しばらくはここから動かないぞ! という決意を胸に天を仰ぐと、真っ青な空と、真上に登った太陽が視界にちらついた。
「じゃ、俺は先に行くぞ」
「アー!!」
慈悲がない。今日のランサーはいつもよりも慈悲がない。──いや、もしかすると、私が浮かれすぎていてテンションの差がひらいてしまっただけかもしれないが。
「やだやだやだランサー! こんなとこに一人で置いてかれたら適性エネミーに襲われるかもしれないよ!?」
「おーおー、この辺りに出る魔獣やらなんやらなら、お前でも撃退できんだろ、戦闘技能のない一般人でもあるまいし」
「ぐ」
たしかに多少は戦える女ですけども。
「で、でも、強いのが出てきたら大変だし……マスターのそばにいたほうがいいんじゃない?」
「そんときは呼ぶだろ、俺を、すぐに駆けつけてやるよ」
ちくしょう悔しい少しときめいたぞ。
「他に反論はあるか? ねぇなら置いてくぞ」
それか今すぐ立て、と言った彼が私を見下ろした。ほら、と伸ばされた手を見つめながら「でも疲れたんだもん」と最後の抵抗を試みた。
「だから待ってろっつったろ」
「うー! だってこんなにずっと探索し続けると思わなかったんだもん!」
ここにきてから、何時間……? 正確な時間は分からないが、少なくとも日が登るくらいの時間にはレイシフトしていたような気がする。
「いつもならそんなに文句言わねぇだろ」
「……そう、だけど」
「あ? んだよ、なんか別に理由があんのか」
彼の言う通りだ、夏に浮かされてはしゃいでしまっていたとしても、事前調査が長くかかることくらい予想できていたはずだし、いつもならこんな事で彼の手を煩わせることは(多分)ないはずなのに。
──あぁ、うん、やっぱり、私は浮かれて期待していたんだろうな。
「……笑わない?」
「すでに呆れてはいるな」
じっと私を見つめるランサーから目を逸らし、私は「本当はやりたいことがあったの」と呟いた。
「やりたいこと?」
「……ダヴィンチちゃんが、立香ちゃんとマシュに、新しい礼装作ってたでしょ」
「ああ、あれな、水着と探検服」
「私も作ってもらった」
「ほう」
「だから、着てこようと思ったんだけど……水着、は、恥ずかしくて」
「おう、で?」
「でも、ランサーに見て欲しかったから……みんなが来る前なら、二人きりの時なら、見せられるかなって、思って……」
「……」
自分で言っていて恥ずかしくなり、思わず両手で顔を覆い隠した。ランサーは何も言わないままでいたが、深い深いため息を吐いてから、しゃがみ込みその私の手を顔から引き剥がす。
開かれた視界に、「どうしようもない奴め」と微笑む彼の顔があった。
「てめぇ、今日は随分と浮かれてんな? まさかそんな言葉が出てくるとは思わなかったぜ」
うるさい、私だって、もっと過酷なレイシフト先だったら、夏じゃなかったら、こんな機会に恵まれなかったら、こんなバカみたいなこと考えなかったに決まってる……!
「──さて、それならなおのことさっさと進むぞ、マスター」
「……っ、や、やだ……水着、見せれないならもう、私コテージに帰……っ!?」
掴んでいた手をそのまま引いて立ち上がらせられる。私がまた性懲りもなく文句でも言おうとしたところで、彼の唇が私の額に触れた。
「……!?」
「あいつらと合流するまでもう少し時間があんだろ、早く終わらせりゃ、
休憩くらいできる──どうせいつもの夏のアレだ、浮かれた阿呆が二人に増えたところで誰も文句は言わんだろ」
「う……ん……」
そう言って柔らかく微笑んだ彼に手を引かれ、コテージ周りの探索を再開する。もしかして(もしかしなくても)相当今のは恥ずかしいんじゃないかと、ようやくその自覚と羞恥に襲われた。
(……あつい、せいだ)
そんな風に言い訳をしながらさっきよりずっと早足な彼について歩く。
私の子供じみたワガママも、少しだけ素直になってしまったのも、私の顔が暑いのも──
──私と同じように、彼の手が汗ばんでいたのも、全部、夏のせいにして。
clap!
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