王子様じゃなくても 私もたまには、理想の王子様が白馬に乗って迎えに来てくれるなんて夢物語を、空想する時がある。
夜、眠りにつく前に、寝台の上でそう伝えた時、彼は隣で可笑しそうに笑った。
「夢見る少女そのものじゃねぇか」
「もう少女って歳でもないけどね、ランサー」
それがちょっとだけ面白くなかったので、仕返しのつもりで彼の鼻を軽くつまむ。彼は「悪い悪い」とは言いながらも、にやける口元を隠すつもりもないようだ。
「それで? 王子様がどうしたって?」
「うん、王子様がね、窓の外から手を差し伸べて、『お手をどうぞ、お姫様』って言って、お城から連れ出してくれるの」
そういう夢物語を、いつかどこかで聞いたことがある気がする。
囚われのお姫様は、勇敢な王子様の手を取って、二人でそこから逃避行、幸せな場所にたどり着き、幸せに暮らしましたとさ……そんなお伽話。
「ふーん、なら俺が連れ出してやろうか」
「ランサーが?」
今度は私がふふふと笑った。彼は少しムッとしてから、「俺じゃ力不足か?」と今度は私の鼻をつまみ返してくる。
「むー、だってランサー、王子様なんて柄じゃないんだもん」
「あー……」
彼が目を逸らした、自覚はまぁあるらしい。
「少なくとも王子様は、半裸で猪しとめて丸焼きにしたりしないと思うよ」
「なんだよ、悪いか」
「ううん、悪くはないよ」
でも、王子様じゃないなぁ、と笑うと、彼はため息を吐きながら「じゃあ誰ならいいんだよ」と苦々しく呟いた。
「そうだな……円卓のみんなとか、似合うんじゃないかな……特に、アーサーなんて、王子様そのものだよね」
本当は王様なんだけど、と、窓の外で微笑むアーサーの姿を想像して思わずにやける。「迎えに来たよ」と差し伸べられた手を取ると、優しく握り返され、そして……
「……ふふ、いいなぁ、そういうの」
あぁでも、モードレッドが「俺と一緒に行くぞ」と快活に笑うのも良い、ディルムッドなんかも似合いそうだ。
「……」
「? どうしたのランサー」
なぜか黙り込んでしまったランサーの頬を撫でる。眉間にはシワ、なんだか面白くなさそうな顔をした彼は、拗ねたように口を開いた。
「俺と何がちげーんだよ」
「えー、ランサーのは、連れ去ってくれるとかじゃなくて、なんていうか……略奪?」
「変わんねぇだろやることは」
「お姫様側の気持ちの問題だよ、魔王ならまだしも、お父さんを手にかけちゃうのはちょっと」
「仕方ねぇだろあの場合」
「それに、王子様はお姫様を幸せにするのに、ランサーはお姫様を一人ぼっちにしちゃったしね」
「う」
生前の前科がある、と揶揄いながら彼の頬を突くと、バツが悪そうにまた目を逸らされた。
「……悪かったな、王子様じゃなくて」
「悪くないってば、ふふ、ごめん、意地悪だった?」
たまにはそういうのもいいなと思っただけ、と彼の手を握る。
「優しいだけの王子様より、強くて勇敢な戦士の方が、私には合ってるよね」
「調子いいこと言いやがって」
今度は呆れたように笑って、彼が私の事を抱き寄せる。彼の腕の中は暖かい、さっきまで意識ははっきりしていたはずなのに、急にうとうととしてきてしまった。
「王子様じゃないけど、ちょっと野蛮だけど……いつか私を一人にするけど……それでも一番大切な、私の、猛犬……」
「……あいつと同じ事言いやがって」
他の女の人の話するなんて、デリカシーのないやつめ。
明日起きたらきっとそうやって文句でも言ってやろう。
──だから今は、おやすみなさい、私のランサー 。
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