これが未練でないのなら*



 はてさて今年もクリスマスは大忙し。サンタがどうの、プレゼントがどうのと、立香ちゃんとマシュは行ったり来たりの大騒動。私はといえば、もはやこの程度で動じることもなく、人の少なくなったボーダーの中で、キッチンを借りるなどしてケーキ作りに勤しんでいた。

「……うーん、及第点?」

 同じ材料と同じ道具なんだけどな……、どうにもキャットたちのようにはうまくいかないものだ、と、それなりの味、それなりの見た目のケーキに頭をひねる。まぁ、頑張っているサンタたちへの労りの気持ちだけは十全だ、きっと嫌な顔はされないだろうし、これで良い。
 皿ごと丁寧に冷蔵庫へ入れ、「プレゼント用、誰も食べないように」とメッセージカードを添える。まさかこれでもつまみ食いをするようなやつは……いない、とは言えないが、最大限、予防策としてはこれで充分ではあろう。

「……いや、やっぱり私以外が触れた時のために何かしらの魔術でもかけておいた方がいいかな……」
「——なんの話かな」
「うわっ……!?」

 不意に背後から声がして、私は思わず手を引っ込めた。危ない、皿を持っていたなら落としていたところだ。聴き覚えのある声の主が誰か検討はついているものの、一応確認のためにと振り返る。

「ラスプーチン……」
「メリークリスマス、良い夜だな、お嬢さん」

 お嬢さんと呼ばれる歳でもないのだと、それを控えるように言ったことが何度あっただろう。その度に理解する気もない「そうか」という返事だけを聴いて、聴いてはため息を吐いての繰り返し。半ば諦めの気持ちがありながらも私は律儀に「お嬢さんはやめてってば」とほんの少しだけ睨みつけるようにまゆに力を込めた。

「失礼、わざとではないのだが」

 じゃあ相当物覚えが悪い。……などと言い返せばさらに畳み掛けるような嫌味も飛んできそうなもの。私はぐっと言葉を飲み込んで、飲み込んだ分だけ長く長く息を吐く。

「おや、聖夜だというのに景気が悪い」
「はあ、まあ……カルデア的には、クリスマスも何も関係ないですし、ね」
「その割にはケーキの用意はしていたようだが」
「立香ちゃんとマシュと、今年のサンタ用ですよ。もしかしたら、足りないかもしれないですけど」

 はは、と笑いをこぼし、他に何かを聞かれる前に、とこちらからも彼に問う。

「貴方はどうして?」
「ワインの一つでも探しに……と、思っていたが、先客がいたのでな」
「ワインはわかりませんけど、味見用のケーキはまだありますよ、食べますか?」
「いや、結構。ケーキはあまり好きではなくてな」
「甘いものだめなんですか」
「それもあるが、生前はクリスマスに誕生日にと、たとえ数日違いでもそれは別物としてケーキを用意をする父親に育てられていたのでね、もう充分、というところだ」
「ああ、誕生日……——誕生日?」
「そうだ、ちょうど今日から三日後にな」

 それは知っていますけれど。

「あ、いや、その……自分から、記念日の話をするような人だと思ってなかったので、びっくりして……」
「ほう、君は私をどんな男だと思っているのかな」
「ど、どんなって……まあ、少なくとも、身の上話を突然こぼすような人ではないと」
「ほう? それはそれは……期待に応えられず申し訳ないな」

 にやにやと相変わらず人を揶揄うような笑みを貼り付けた彼が「くく」と喉を鳴らす。何がそんなに愉快なのか……。

「あー……ついで、にしないで、きちんと誕生日を祝ってくれる、いい父親だったんですね」
「そうだな、良き模範となる父だったよ」

 そう言って、彼は何故か踵を返した。お酒はいいんですか、とその背中に問いかけると、「気分ではなくなってしまったからな」と簡潔な答えだけが返ってきた。

「……あ、あの」

 そんな彼を、私は呼び止める。
 隠すつもりもなかったが、つい、彼な声をかけられた時に後ろ手にしまい込んでしまったラッピング済みの袋を、彼に差し出した。

「さっき、クッキーも焼いたんで、よかったら、これ……」
「おや。ずいぶんと、らしい≠アとをするんだな」
「いや……」

 らしい、とは。クリスマスらしい≠ニいうことだろうか。いや、そうだろう。そうでしかない。だけど私はそうじゃなくて、これは……これは元から、別のつもりで作っていたもので。

「…………その、それ、別にクリスマスだからってわけじゃないから。別に、ついでで作ったわけじゃないというか……」
「それでは、元から君が私の誕生日を知っていて、元から祝うために作ったと言っているように聞こえるな」
「う…………そう、だよ……」

 誕生日なんて、いつどこで知ったかとかは訊かないで。とにかく私はそれを知っていて、何かできればと思っていたらつい、身体が勝手に動いたといいますか。
 だけど甘いものは好きじゃないと聞いて、出すタイミングを図りかねていたといいますか……。

「でも嬉しくないでしょう、おやつも好きじゃないみたいだし、そういうことされたって」
「まさか、感謝しているよ」

 それって「嬉しい」わけではないじゃん。私は感謝されたいわけではなく、貴方に、喜んで欲しかったわけなのだけれど。

「——まぁいいや、私が祝いたくてやっただけだし。……おめでとうって言わせてもらえるだけで、充分か」

 ——貴方が生まれたことを、喜ばせてもらえるだけで……。
 そんなことを、ずっと昔に、言ったか、言わないか。曖昧な記憶が浮かびかけて——消えた。きっとそれは在った≠アとなのだろうが、今の私にはどうでも良いことだ。……少なくとも、彼は私の知る彼ではないのだから。

「昔、似たようなことを言うやつがいたな」
「そう? ……それなら、その人はきっと、貴方のことが大好きだったのかもね……」

 それは一体誰の話なのだろう。
 貴方の記憶に私がいないのなら、きっと私以外の誰かなのだ。思い当たる人物のことを口にしかけて、微かな嫉妬心で私は口を引き結ぶ。

「まぁ、ともかく、誕生日おめでとう言峰綺礼=B……ちょっと早いけれど、それは私からの誕生日プレゼントということで」

 本当にただのクッキーだけど、それくらいが重すぎなくてちょうど良いだろう。なにせ、彼だけど、彼ではないのだ。……そう思っているうちは、これくらいで。
 彼が、ありがとう、と微笑んだその顔は——私のよく知る顔とそっくりだった。




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