仲良しの定義



「なぁ、今日は俺と一緒に寝ようぜ、マスター!」
「だーめ」

 むぎゅう、抱きつこうとした俺をマスターの手が押し返す。残念ながら出会い頭の抱擁は拒まれてしまったので、突き出されたその手を両手でぎゅっと握り上目遣いで彼女の目を見つめた。

「どうしてもダメか……?」
「……うっ、だめ……です」

 マスターが少したじろぐ。ここに来て日は浅いが、こいつが俺の顔に弱いのは良く知っている。今だってほら、ダメだと言いながらも俺の手を振り払うこともできないでいる。

「マスタぁ……」
「…………し、しかたがないな……」

 ――――チョロい。

 心の中でほくそ笑む。「ほんとか? ありがとなマスター!」と無邪気に喜べば、マスターは微笑みながら俺の頭を撫でる。

 ――子供扱いをできるのも今のうちだ。共に褥に入ってしまえばそこにいるのは一人の男と一人の女。必ず今日こそはマスターに俺が男だということを意識させ――

「あんまりそいつを甘やかすんじゃねぇぞ」
「ランサー……」
「……!」

 でた、邪魔者一号、俺と同じ顔をした男の一人。
 ランサーと呼ばれたそのサーヴァントは呆れた顔で俺たちを見下ろしていた。

「……おまえにはかんけいないだろー」
「関係なくはないだろ、俺のマスターでもあるんだからよ。……何より、俺と同じ顔でマスターにデレデレしてんのも、俺と同じ顔にマスターがデレデレしてんのも見てて面白くはないわな」
「え、なぁにランサー、それってつまり小さい頃の自分に嫉妬?」
「気持ち悪りぃこと言ってんな、ついに頭でもイカれたかマスター」

 せいっ! という掛け声と共にマスターの拳がランサーへ振り下ろされる。それを「おっと」と躱しながら奴はため息混じりにこう続けた。

「妬いているわけもねぇが、ちいせぇ俺を甘やかすなら俺に対してももう少し優しくてもいいんじゃないかとは思うぜ?」
「私への態度が直るなら考えてもいいよ」
「そりゃ一生かかっても無理だ」

 もう一発、マスターが振りかぶった右手を今度は片手で押さえてにやにやと笑っている。マスターは心底悔しそうに「ムカつく」と呟いてその手を下ろした。

「あーあ! セタンタはこーんなに可愛いのに!」

 奴から離れたマスターが、俺を包み込むように抱きしめ頭を撫でる。俺はそれを甘受しながら奴に向かって得意げな表情を向けた。
 何せこれは数いる俺≠フ中でも、限られた者だけの特権だ。少なくともランサーの俺には与えられない分類のものだろう。

 ……首の後ろに当たる柔らかな感触、この時ばかりは子供でよかった≠ニ思わざるを得ない。
 ここで初めて、ランサーは面白くないような表情を見せた。

「……あのなぁ、わかってると思うがそいつも元を正せば俺なんだぞ」
「? わかってるよ」
「いいや、わかってねぇ」

 そう言ってマスターの腕を俺から奪い、引き寄せる。彼女を自分の背中に隠すようにして、俺とマスターの間に立ち俺を見下ろしていた。

「……大人のくせに、ヤキモチか?」
「そういうんじゃねぇって言ってんだろ」

 奴はマスターを半身で振り返りながら、「小さくても俺だぞ? んなもん当てられたら変なこと考えるに決まってんだろ」と彼女の胸に指をさす。

「な……! デッ、デリカシーをどこにおいてきたんだよおまえっ! ランサーとは違うんだからそんな邪なこと考えるわけないでしょうが!」

 真っ赤になったマスターが胸を両腕で隠すようにして叫ぶ。内容については否定できないので、あえて肯定することもなく黙っておくことにした。

「セタンタはランサーと違って、一緒に寝るイコールえっちな事をするだなんて思ってませんー! 健全な良い子ですー!」「今までが無事だったからって次も何もないとは限らねぇだろうが、つーか寝るイコールセックスだと思ってんのはテメェの方だろ」「はーあー!? 思ってませんけどー!? 失礼なんですけどー!? ばーかばーか!!」「ガキかテメェ」「うるさいばーか!」「いってぇ!」

「……。」

 目の前で言い争う二人を見るのは、なんとなく――面白くなかった。
 いつもこうだ、(会話の内容はどうあれ)俺がマスターと二人になろうとしても、必ずこいつが邪魔をする。そして俺の欲しい表情はいつだってあいつに向けられていた。
 確かに俺は甘やかされているけれど、本当に愛されているのは――。

(ムカつく)

 過ごしてきた年月が違う、というのはわかる。だけどきっとそれだけではないのだと思う。それは俺にもよくわかっていた。
 けれど、

「……マスター」

 なぁに、と振り向いたマスターに飛びつくようにして、彼女の唇の端にキスをする。驚く彼女にくっついたまま、俺は彼女の大好きなこの顔でにこりと笑って見せた。

「な、ランサーだけじゃなくて、俺とも遊んでくれよな、ますたぁ?」

 ――簡単に諦めるのは、俺の流儀に反するんでな。
 何が起こったのかを理解した彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。してやったり、と言った気持ちでそれを眺めていると、奴が「へぇ、やるじゃねぇか」と感心したような声を上げた。

「余裕でいられんのも今のうちだぜクーフーリン=v

 これが俺の宣戦布告。さぁ、まずは既成事実から始めようか――?
 
 
「それはそれとして、だよなー」
「っくそ……! ランサーだけならともかく、なんで増えてんだよ!」
「……うるせぇ」
「おわっ! おいオルタ! 狙うならチビ助にしろよ」
「………………三人とも、帰ってくれないかなぁ……」
「おぅいメートル! 明日のことなんだが……
 …………邪魔したな! すまん! じゃっ!」





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