4章 結婚式 リンゴーン、という教会の鐘の音が鳴り響く。
もちろん本物ではなく再生した音声データではあるが、それでも雰囲気としては十分で、私はチャペル……もとい、ティールームの扉の前で深く深呼吸をする。
「緊張してんのか?」
「そ……そりゃ……まぁ」
お遊びだ、おままごとだ、仮だ——そんな風に自分に言い聞かせてはみたものの、やはり緊張するものは緊張する。正直、手汗などが気になって仕方がない。
隣に立つランサーはどうやらそんなこともないようで、いつも通りの笑みで私のことを見下ろしていた。
「く……ランサーだけ余裕があるの、癪だな……!」
「年季の差だろ」
「うー……、……よ、よし……!」
もう一度深呼吸をしてから、手にした向日葵のブーケを胸に背筋を伸ばす。これは、ナーサリーやバニヤン達が作ってくれたものだ……見ていると不思議と、温かい気持ちになる。
「覚悟は決まったのか?」
「もちろん——行こうか」
彼が、私に左腕を差し出す。その腕に捕まるように身を寄せて——私たちは扉の向こうへ足を踏み出した。
規則的に並べられた椅子。ハート型に飾られたバルーン。
少しまばらに座っている参列者——同僚である職員の人間が何人かと、サーヴァントの姿もちらほら。
そして最前列で、キラキラした瞳で私たちを見守る、立香ちゃんとマシュ、それから、ダ・ヴィンチ女史。
「……へへ」
「しゃんとしてろよ」
恥じらいに身を縮めそうになった私の耳元で、彼の声がする。小さく「うん」と返事をして、彼の袖を掴む指先に少しだけ力を込めた。
「それでは、これを」
「ん……マスター、手ぇ出せ」
「うん」
神父の格好をした天草の前まで行くと、青いリボンが手渡される。ランサーはそれを受け取ると、私の手を取り繋いだ手に巻きつけていった。……私も初めて知ったものだが、これは彼と同じ、ケルトの人達の結婚式を起源としている儀式だそうだ。
そうして私たちの手がぐるぐる巻きになって、彼が満足げに頷いたところで、天草が「それでは」と咳払いをする。
「新郎、クー・フーリン」
「おう」
「良いお返事です——汝、この現界が続く限り、マスターに忠義を尽くし、勝利を捧げることを誓いますか?」
——この誓いの言葉は、私達二人で考えた。
だって、彼はどこまでいってもサーヴァント。人理修復を成した今、座に還るのを待っている身である。……永遠どころか、明日明後日にも私の隣からいなくなるかもしれない。
座に還れば私のことは忘れるだろうか、それとも、覚えていてくれるだろうか。
いや、覚えていてくれたとしたって、再び会える可能性はとても低い。そもそも英霊を使役するなんて、個人の力じゃできることじゃないのだし。
だから、永遠の愛なんかより、今ここにいる彼の……カルデアで私に召喚されてくれた彼≠フ気持ちが欲しかった。
「——誓う、俺のマスターはこいつだけだ」
即答、断言。そういう段取りだってわかっていても、十字架を前に真っ直ぐな瞳でそう言われるのは、やはり少し気恥ずかしくて……すごく、嬉しい。
だらしなく緩みそうになった頬を抑えるため、私は唇を強く引き結んだ。
「それでは新婦……汝、この者の忠義に報い、最後まで共にあることを誓いますか?」
「誓います」
言葉と共に握った手に力を込める。彼と同じように真っ直ぐ彼を見つめると、彼の瞳が、いつもより少し、優しく弧を描いたような気がした。
「では、誓いのキスを」
天草の言葉を受け、彼が私のヴェールを上げる。直接見上げる彼の表情はやはり柔らかなもので——あぁ、
こんなの、柄じゃないって思ってたはずなのになぁ。
「……ドレス、似合ってんじゃねぇか」
私にしか聞こえないような小声で彼が囁いた。なんだよ、シンプルな方がいいとか言ってたくせに……何て思いながら、「うん」とだけ言って返す。
彼の左手が私の頬を撫でた。その壊れものにでも触れるかのような優しさをくすぐったく感じながら、私は瞼を下ろす。真っ暗な視界の中、彼が近づいてくる気配がして——
「…………悪くねぇな、着飾ってんのも」
唇が触れる瞬間に、そんな声が聞こえた。
でしょう? なんて少しだけ得意げに思いながら、私は彼の体温を感受する。
——再生されている鐘の音が、やけに耳に心地よかった。
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