マスターは戦場に行った?



「たしかにっ! 強くなりたいとは言いましたけどもーッ!!」

 ひぃ、ひぃ、と息を上げ、後ろから迫り来るそれ≠ゥら逃げるようと、もう感覚のなくなりかけている足を必死に動かす。が、身体強化の魔術をかけているとはいえ、人の体には限界があるのだ。
 対して、サーヴァントというのは比べるのも馬鹿馬鹿しいほど無尽蔵のパワーがあり——追いかけてくるそれ——スカサハ、などは、走るどころか踊るような軽やかさで私たちの方へと迫ってきていた。

「ははは、なんだ、もう根を上げるのか? まだ準備体操すら終わっていないぞ」
「ひー……! で、ですからぁっ……! に、んげん、ようのっ……! めにゅー、をっ……——わぁっ!」

 抗議の言葉が終わる前に、ついに足がもつれる。顔面から地面にダイブした私を見捨てることは流石にできなかったのか、はるか先を逃げていた・・・・・ランサーが半ば呆れたような顔で私の元へ戻って来た。

「おい、大丈夫か? ……ったく、だからやめとけっつったんだ。あの人は人もサーヴァントも区別なく、あれ、だからな」
「う、うう、私だってそう思うよ、だから本当は別の……もっと人間相手に稽古をつけてくれそうな人を探すつもりだったんだけど」

 滲む涙を堪えながら、差し出された手を取る。

「その前にスカサハ師匠に見つかってしまって……」
「あー……そりゃ災難だな、嵐に巻き込まれる方がまだマシかってくらい——」
「——何か言ったか? セタンタ・・・・

 ランサーの頬すれすれの距離を赤い槍が飛んでいった、気がする。早過ぎて目では追えなかったが。
 幼名で呼ばれた彼は、頬から一筋の血を流しながら苦々しげに呟いた。

「いい加減その名前で呼ぶなっつってんだろ! 今は特に! 小せえ頃の俺もカルデアにいるんだからよ……!」
「知ったことか、生意気なのはどれも変わらん。それ、次は当てるぞ?」

 その言葉を聞いてすぐ、ランサーが後ろに飛び退く。次いで、今度は私の頭上をスカサハの槍が掠めて行った。二本目、三本目、と続くたびに、少しずつ着弾位置が私から離れていく。どうやら標的は完全にランサーに移ったらしい。
 すっかり腰の抜けてしまった体を引きずるようにして、一番近くにあった大樹の元まで這っていく。木陰でほてった身体を冷やし、そこでようやく上がった息を整えた。

「ほう、師匠に追いかけられて無事だったのか」 
「クーフーリン・オルタ……」 

 いつの間にシミュレーターに入ってきたのか、黒い大きな影がそこにあった。そして、その隣に桃色の可憐なシルエット。 

「よくやるわね、貴女。死んじゃうわよ?」
「メイヴちゃんも……珍しいね、スカサハ師匠がいるところに自分から来るなんて……」
「クーちゃんあるところに私あり、よ! ……まぁ確かに、あの女がいるのは気に入らないけど!」

 フン! と鼻を鳴らしながら、鈴の鳴るような声でメイヴが言い切った。怒っていても可愛いのだから、彼女を求める勇士が多かった——多いのも納得だ。

「それで?」

 クーフーリン・オルタの言葉に首を傾げる。

「これに何の意味が?」

 これ、というのは、先ほどまでの不毛な鬼ごっこのことだろうか。

「私、魔術もそこまでできるわけでもないし、もう少し身体を鍛えたくて……稽古をつけて欲しかったんだけど」

 ちょっと私には上級者向けすぎるかも、と苦笑いを返すと、彼はやはり仏頂面のまま首を傾げた。

「何故だ」
「そりゃあ、その方が有利なことも多いし……それに、やりたいことリストのひとつだったから」
「やりたいことリスト……?」

 懐から手帳を取り出し、彼に見せる。

 ・お店を回って買い物をする。
 ・青空の下でお弁当を食べる。
 ・丸一日部屋にこもってゲームをする。
 ・本を書いてみる——

「……——」

 彼がわずかに目を細めた。

「人類史をね、取り戻したらやりたかったこと……ずっと書いて持ってたの。……まぁ、全部解決すれば、また今のこの私は無かったことになるんだけど」

 苦笑しながら「・身体を鍛える」の欄に斜線を引く。

「でも、それまでに、一部だけでも叶えられたらって……私だけわがままで、ずるいかなぁ」
「——俺の知ったことか」

 今もみんなは有事に備えているのに——と、続けるより早く、彼は私の言葉を遮った。

「だがまあ……そいつらが快くお前を送り出したってんなら、そういうことなんだろ」
「え……」

 ぽかん、と口を開けたままの私を一瞥して、彼はすぐに遠くへと視線を逸らした。驚いた、今のはもしかして、私を励ましてくれているのか? ……狂王たるこの男が?
 それは……それはとても……——

「……ありがたいことだね」
「……ふん」

 彼はそう言ってのしのしと歩き出す。メイヴの「何処に行くの?」という問いにも答えず、突然ランサーとスカサハの方へ向けてその槍を投げ放った。

「……おっと。なんだ、お前は参加する気がなかったのではないのか?」
「気が変わった」
「ふぅん? クーちゃんが行くなら私も!」

 メイヴまでもがその騒ぎに加わり、もはや稽古というよりは乱闘騒ぎのようになっていく。稽古の再開……というより、また私が標的になるには長い時間がかかりそうだ。ある意味では助かったとも言える。

「……当初の目的とはずれるけど、まあ、これはこれで」

 四人の楽しそうな横顔を見るのも悪くない。
 彼らの勇ましい姿もいつかは見られなくなるのだと思えば——ただこうしているだけの時間でも、私にとってはかけがえのないもののように思えた。
  
 





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