三つ星の槍兵



 カルデアのシミュレーターというのは本当に高性能である。ないはずの潮風、感じるはずのない海の匂い、そして、揺れる水平線——と、船酔い。
 何もかも現実味のある非現実のなかで、私は一人項垂れる。せっかくのクルージングを楽しみたいのに、どうして自分の三半規管はこうも揺れに弱いのか……

「大丈夫ですか?」

 心配そうな声に振り向くと、メディア・リリィが困ったように私を見上げていた。

「だ……大丈夫、じゃないかもです。異聞帯を巡っていたときはこんなに弱くなかったのにな……」
「私の魔術でよければ、治します!」

 そう言った彼女の手が背中に触れると、少しだけ気分が軽くなる。……神代の魔女の魔術をこんなことに使っていいのだろうか。

「どうですか?」
「うん……すごく楽になった、ありがとう」

 冷静になって見渡すと、やはり作り物とは思えないほどの絶景だ。ほう、と感嘆のため息をこぼしていると、後ろから調子の良さそうな船長の声が私の名前を呼ぶ。

「ふん、どうだ? このアルゴー号の乗り心地は!」 
「イアソン……あ、えっ、と……はい、いい感じ、です」
「そうだろう、そうだろう! 本物には敵わないが、まあ、悪くはない。——それに、ヘラクレスもいるわけだしな!」

 ははは、と先ほどまでの体調不良を誤魔化すように笑う。その上で「ヘラクレス」と口にしたイアソンの長話の気配を察知し、助けを求めてランサーの姿を探す、が、なんということだろう、私のサーヴァントでありながら近くに彼の影はない。
 ようやく見つけたのは少し離れた船首のあたり、ヘクトールと並びながら、何やらあーだこーだと議論をしている。彼のことだ、きっと戦いのことなのだろう。

「おい、イアソン、あまり余計な話で疲れさせるなよ。慣れないものには船の上は過酷なものだ」

 アタランテがそう言ってイアソンの首根っこを引っ張った。ぐえ、という声を漏らしながらも、彼は「船長に向かって!」と憤る。

「賑やかですねぇ、船長。だいぶ沖に出ましたけど、これからどうするんです?」

 いつの間にか船首にいた二人がこちらに戻ってきていた。ヘクトールとイアソンが何やら話し始めるのを横目に、私はランサーの腕を軽く引く。

「あ? なんだよ」
「……なんで離れてたの、探してたのに!」
「なんで、って……別にいつもそばに居るってわけでもないだろ。……なんだ、寂しかったのか?」

 ニヤニヤと笑う彼を叩きながら、「そんなんじゃない!」と今度は私も憤る。

「……それで、なんの話してたの? ヘクトールと」
「あー、そうだな……槍の話と……あと、釣りの話だな」
「釣り」
「おう、シミュレーターの中とはいえ、海だろ? ここで釣り糸を垂らしたら何が釣れんのかねって——」

 話の途中で、突然船上に爆発音が響いた。

「な……なに!?」
「——敵襲だ」
「敵襲!?」

 シミュレーターの中で、何故……!? そう思いながらアタランテの指した方向を見ると、アルゴー号とは違う船が、二隻。どちらも、あからさまな海賊船という出立をしている。

「あれは……っ、あいつら・・・・、俺の船に何しやがる!」

 渡された双眼鏡でそれぞれの船の船首に立つ人影を確認する。そこに立っていたのは、ドレイクと、黒髭エドワード・ティーチであった。

「二人ともいつの間に……」
「よく見ると後ろにも何騎かいるな、手応えのありそうなやつが」

 何故か楽しそうなランサーの後ろで、船長がワナワナと拳を震わせている。

「……メディア、アタランテ——ヘラクレス。やるぞ、返り討ちにしてやれ! 頼んだぞお前たち!」
「また人任せか……——だが、請け負った、私もそろそろ腕を試したいと思っていたところだ」

 そう言って、アタランテが跳んだ。ヘクトールもやれやれと言いながら槍を構え直す。ヘラクレスの咆哮を聞きながら、私はランサーの顔を見上げた。

「いいねぇ、面白くなってきた! 俺らも行くだろ? マスター」
「行くだろ、って……」

 決定事項のようにそれを口にする彼に呆れ返る。好戦的なのは知っていたが、平和な航行の中でもそれが出るとなると、流石にため息も出る。
 だがまあ、しかし、そう言うところも……というやつなので。

「……うん、海上での模擬戦だと思えば、これはこれで身になる、ということで」

 自分なりに納得の落とし所を見つけ、彼の提案に頷いた。そうこなきゃな! と笑う彼の顔には、やはりどうにも抗いがたい。

「じゃあ、そうと決まれば……いくよ! ランサー!」
「おう!」 

そして私たちは、揃って甲板を蹴る。こうして、束の間のクルージングはあっという間に戦場へと変わった。

 ——まあ、こういうところも含めて、きっとこれが私たちの旅なのだろう。




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