馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直に



 四月馬鹿《エイプリルフール》とはよく言ったもので。

 一年に一日、嘘を吐いても許されるとされる今日、このノウム・カルデアにおいても馬鹿になる者は少なくなく。

「──実はエミヤってね、ネコがとっても苦手なんだよ」

 彼女、神埼 涼も例外ではなく。
 ええっ、と素直に驚いた藤丸立香に、真実は告げないまま「後で確かめてみて」と微笑み神埼は立ち去った。本日、彼女が嘘を吐いたのはこれが四度目で、

「今日のご飯は中華だから、チャイナ服を来てないと食べられないって」

 ──と、マシュに。

「さっきナイチンゲール婦長が探してましたよ、すごい形相で……間食しすぎました?」

 ──と、新所長に。

「これ、いつもホームズがやってる奴よりキくって……え? 違う違う、ただのラムネなんかじゃナイナイ」

 ──と、ホームズに。

 流石に名探偵を騙すことはできないまでも、「馬鹿め、今日が何の日かくらい知っているわ! ……え? もしかして本当なの?」と狼狽える所長を見られただけ僥倖と、鼻歌まじりに彼女は廊下を歩いて行く。
 ……そういえば、今日はまだ彼に会っていないなということを考えながら。

「ランサー」
「ん」

 そうして自然と足は彼の──ランサーのクー・フーリンの部屋へ向かい、そこには意外というかなんというか、一人でなにかに思い耽っている彼の姿があった。

「めずらし、どうかしたの?」
「さっきやけに浮かれたアムールの奴を見かけてよ……嫌な予感がするから関わりたくねぇんだわ」

 なるほど、それでか。
 悪戯心に浮かれるアムールの姿を思い浮かべ、彼女は納得に手を打つ。恐らく、アムールも彼女も考えることは同じなのだろう。

 ──折角だ、遊ばなくては、と。

 そんなわけで、彼女もここに来ているわけなのだし。

(さて──どうしようか)

 彼女は寝台に座る彼の隣に腰を下ろし、顎に手を当てて、うぅん、と軽く首を捻る。なんとはなしに彼に会いには来たものの、何も考えてはいなかったらしい。

 定番なのは「貴方なんて嫌いよ」……なんていう、可愛い恋人の可愛い嘘だ。

 しかし、今更そんな嘘を一瞬でも信じてくれるような彼ではないだろうし、なによりそれが遠回しな愛の告白だと理解できない彼女ではない。遊んでやろう、と意気込んできたというのに、逆に揶揄われるようでは意味がない。

(ランサーが、びっくりするような嘘、かぁ……)

 そう考えてから、彼女はふと思いつく。
 ──もしかして、嘘をつく必要はないのでは?

 嘘が許されるからといって、「吐かなければならない」という制約はない。そんな当然とも言える知見を得た彼女は、悪戯っ子のような笑みを隠そうともせず、彼の方へと向き直った。

「ねぇ、ランサー」
「なんだよ」

 そんなマスターの様子によからぬものを感じたのか、相対する彼は依然訝しげな表情のまま、目線だけを彼女に寄越す。

「──だーいすき」
「おう──んん……? なんだ突然……
……あー……いい性格してるよな、お前……」

 それがどうした、からの、珍しいこともあるもんだ、からの──そういうことか、という顔。コロコロと変わるランサーの表情を見て、彼女は満足そうに微笑んだ。

 大好き……いつもならそんなことを言いそうにない天邪鬼な彼女のこの言葉を、もし嘘だと跳ね返せば「うそじゃないのに、ひどい」と悲しんだ(フリを)されるだろう。しかし言葉のまま受け取れば、「今日はエイプリルフールだよ?」と指をさして笑うのだろう、彼女はそういう奴なのだ、付き合いの長い彼はそれをよく知っていた。

 ふむ、と考えるように口元に手を当てて、彼はすぐにニヤリと口角を上げる。そうして、彼女と同じように悪戯な笑みを浮かべたまま「俺もだぜ」とだけ彼女に応えた。

「……? おれも? 俺も、なに?」
「そのままの意味だ、俺も同じ気持ちだぜってこった」
「だから、同じって……ほら、どっちかわかんないし、だって、今日は……」
「さぁてね」
「むぅ…………」

 結局、戸惑うように頬を膨らませたのは彼女の方で。

 つまんない、と小さく呟きながら、彼女は後ろに倒れ込む、不平不満を口にしながらもどうやら居座るつもりらしい、とランサーは苦笑を漏らした。

 ……結局、好意を伝えて、それが返ってきただけ……という、側からみればなんとも微笑ましい恋人同士のやりとりになってしまったことに、彼女はこの後も気づかないまま嘘吐きの日は終わりを迎えることになるのだった。




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