知らぬは当人ばかりなり



 赤い色が好きだった。

 昔からそうだったかと聞かれると、そうでもなかったような、そんな気がする。
 でも、気づいたらそんな風になっていた。選ぶ余地があるなら、赤いほう。使う食器とか、端末の使用者を区別するためのステッカーとか。……あとは何なら、下着の色とか。
 資源不足の状況で、わがままはもちろん言えやしない。だからできる限りで、望める範囲で、それも大した頻度ではないけれど。

 ――そうなった理由には、少しばかり心あたりは、ある。

「好きなのか」
「ん?」
「その色」

 甘い香りの際立つココア、それはなぜか自分で作るよりもずっと美味しくて、ただ粉を溶かすのとは何が違うのか……なんて話をしている最中、アーチャー・エミヤが私の手にしたマグカップを視線で指す。私のお気に入りの一つ、共用のキッチンでわざわざ「私専用の」として置いてもらっているものの一つだった。

「うん、好きだよ、気分が明るくなる」

 撫でるようにふちを指でなぞってから、彼の赤い外套をじっと見つめる。「アーチャーの色も、好きだなぁ」と呟くと、彼は数度瞬きをしたのちに「それは光栄だ」なんて言って口の端を持ち上げた。

「でも突然どうして?」
「いや、なに、少しばかり気になったのでね、もし理由があるのなら聞いておきたいと思ったまでだ」
「……そんなに気にすることでもないと思うけど……うーん、まぁ……そうだなぁ……私にとって、忘れられない色だから、かな?」
「ロマンチストだな」

 目を閉じる、浮かぶのは鮮やかな赤。それは何よりも誰よりも私の心を惹きつけてやまないものだった。

「だが、ああ、わかるよ。鮮烈な赤というのは、何もかもを忘れてしまったとしても、それだけは瞼に焼き付いて離れないものだ」
「経験談だ」
「さてね」

 彼がその色を好んで身に着けている理由に思いを馳せ、ほほえましさに笑い声を漏らす。彼は困ったように眉を顰め、軽く咳ばらいをしながら「しかし、君なら蒼を選ぶと思ったが」なんて言葉を口にした。

(言われると思った)

 今度は私が苦笑いをする番に。

「そうだね? ……そうかも」

 カップに残ったココアを飲み干すと、彼が「ならば、何故?」と尋ねながら、菓子の乗った小皿を差し出した。ありがとう、とそれをひとつ手に取って、それを見つめながら次の言葉を口にする。

「でも、私がよく見るのは赤い方だから」
「? ……! ふ、なるほど、君にとってはそうなのか」
「うん」

 私のたったそれだけの一言で、彼はすべてを察したらしい。口元を拳で隠すようにして、くつくつと笑っているようだった。

 ――鮮やかな、赤いいろ。

 宝石で言うならルビーのような、花で言うならバラのような。あぁ、でもどちらかといえば、彼の赤は血の色に近いような気もする。
 それが不快なんていうことは一切なく、むしろ好意を抱いてしまうのは、いわゆる単純接触効果というやつなのかもしれない。
 それでも、

「好きなの、 彼の瞳のこの色が」
「そうか」

 イチゴ味のマカロンを齧りながら、私たちはどちらともなく笑い声を漏らす。「何の話だ?」と言いながら現れたランサーには、声を揃えて「秘密」と伝えて、また笑いあった。





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