私の彼氏(仮)はハート泥棒! ……なんちゃって



 まるで本物の姉弟のようだ。無邪気に美術館へと駆けていく立香ちゃんとボイジャーの後ろ姿を見ながらそんなことを思う。……潜入のための演技だとは思えないほど、側から見ても二人は仲睦まじい。

「おい」

 適材適所、純真には純真を──二人が姉弟に変装するのは道理だと私も思う。なんせ、ボイジャーは立香ちゃんの弟として充分なほど無垢で、立香ちゃんはボイジャーの姉として充分なほど素直なのだから。

「……おい」

 そう、そうなのだ、お似合いなのだ。だけどやっぱりちょっとだけ羨ましいなという気持ちがあるのも本当のことで──

「おい! 聞いてんのかって──涼!」
「きっ……きいてる、よ……く、──くぅ、ちゃん……」

 ──さて、どうして私はこんな馬鹿げた名前で彼を呼んでいるのかというと。
 
「こっ……恋人、やく……」
「ええ、適任では?」

 あっけからんと言い切った天草、当然のように頷く荊軻とサンソン。キラキラした瞳で「おとなだね」「ね」なんて言い合っている立香ちゃんとボイジャー。

 ……と、私の後ろで表情ひとつ変えずに「了解」なんて答えている、ランサー。

 つまりはそういうことなわけで。

「……おい、もっと自然にしてろよ、今のままじゃどうしたって恋人同士にゃ見えねぇぞ」
「う、うるさいな……! 私だって頑張ってるよ……!」

 彼が私の腰を抱き寄せ、愛を囁くように私の耳元に唇を寄せる。……実際の内容としては作戦会議のようなもののわけだが、周りには熱々のカップルに見えているのだろうか。

「まだ慣れねぇのか」
「し、しかたないじゃん!」

 彼が言っているのは、私の彼の呼び方──クーちゃん、という呼称についてのことだろう。

(真名やクラス名で呼んだらサーヴァントである事がバレるかもしれないって言うのはわかるけど……!)

 だから、クーちゃん。メイヴちゃんがよくそう呼んでいるし、多少は呼びやすいかと思ってそうしたのだが……いやはや、実際口にしてみると、これが恥ずかしいのなんの。

 こんなことなら特異点の調査になど同行しなければよかった。そもそも大きな特異点でもなし、立香ちゃん達だけで充分対処可能だったのだ。それを「あー、最近デスクワークばかりで飽き……いやいや、少し身体が鈍ってきたな? 実戦におもむいて勘を取り戻すのも大事かも! 気分転換にもなるし!」なんて軽い気持ちで来てしまったのが運の尽き。まさかこんなことをする羽目になるなんて……。

「おいって、話聞いてたか」
「え、あ、ごめん、あんまり聞いてなかった」
「しっかりしろっつの」

 恋人役である私たちの仕事は、決戦当日に渡辺綱の障害になるであろうスタッフ等々の足止めだ。いわゆるDQN的なカップルのフリをして、天草の作戦を滞りなく遂行させようというそういう算段。今は、そのために美術館のスタッフの配置、人数などを把握しようと館内を偵察……もとい、見学して回っているところである。

「やっぱ聖杯のある展示室の方は警備員が多いな……しかし、普通のスタッフは逆に少ねえ、俺たちが騒ぎを起こすならもう少し……聞いてるか?」

 ──きいてる。きいてるが、なんだ、その……顔が、ちか、すぎる。

 周りには聞こえないよう耳打ちをする必要があるのはわかる。そのために熱々の恋人を演じるため近づく必要があるのもわかる。けれど、こう……私の腰を撫でる手とか、密着した上半身とか、腕に触れる彼の髪とか、鼓膜をくすぐるみたいな低音の彼の声とか……!

「…………んぅー!」
「っと、おい、離れんなって」

 そのどれもに耐えられなくなって彼を押し返す私。彼は呆れたようにそう言ってから、難なく私をまた抱き寄せる。

「ったく……なんだよ、普段もっとエロいことしてんだろうが」
「せくはら」
「いてて」

 デリカシーのない発言に、彼の手の甲を少しつねる。いてて、なんて言ってるけど、これくらい痛くも痒くもないのは知っているからな。
 現に、私の腰を抱く腕の強さは相も変わらず強い……けど、優しくて。歩くスピードも、私に合わせて少しゆっくりで。そういうのに慣れていない私はそんなことにいちいち胸が高鳴ってしまって。

 特に──

「……どうした? 涼」

 ──これが、一番、慣れることができない。

(だっていつもなら、マスター、って)

 そう呼ばれているのに。

「……涼?」
「…………うぅ〜〜、やっぱり無理ぃ……!」
「あがッ」

 力任せに彼の顔を押し返したところ、間抜けな声が彼の口から漏れ出した。あ、と恐る恐るその手を退けると、心底不服そうに眉を寄せる彼と目があった。

「なぁ……にが無理なんだよこの野郎」
「だ、だって、だって、恥ずかしいんだもん!」
「だから何がだよ!」

 私を責めるように顔を近づける彼から目を逸らしながら、私は「なまえ、」と小さく声を絞り出す。

「い、いつもは呼ばれないから──なまえ、呼ばれると……てれる、の」

 どんどん小さくなる声、それでも最後まで言い切った私の言葉を聞いて、彼はぴたりと動きを止めた。

 それから、変に唇を引き結んで、考え込むみたいに目をギュッと閉じてから、あー……と煮え切らない感じのうめき声を漏らし始める。

「……お前、そういうところは可愛いんだよな」

 それから、片手で顔を隠すみたいにしてそんなことを言った。

「……そういうところは、じゃなくて、そういうところも、がいい……」
「んだよ、調子出てきたじゃねぇか、さっきまでの恥じらいはもう良いのか」
「それとこれとは別だし……」
「あーそうかい」

 やれやれ、なんてため息は吐きながらも、彼は私の頭を撫でるみたいに抱き寄せて、こめかみに優しく口づけをする。

「そういうところも、可愛いぜ、涼」

 そうしてそんなことを言ってから、私の大好きな笑顔を私に向けた。
 そんなもの、向けられたら、私はもう、もう──

「……………………ずる」

 とんだ大怪盗もいたものだ。盗まれたのは私の心ですってことか。怪盗役は天草の役目なのに。
 まぁ、実際のところ、ずっと前から盗られたまま返ってきてはないんだけど。

 ……なんて、くだらないことを考えながら、私は温かな彼の腕の中で小さく息を吐いた。
 
 
 
「あれもう演技とかじゃなかったですよね?」
 ……とかなんとか、ホテルで余計なことを言った天草は、ちょっと強めにどついておいた。
 




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