据え膳食わぬは……



「腰を痛めて動けません」
「……またか」

 呆れたようなランサーの声に、うるさいな、私だって好きで痛めたわけじゃない、と唇を尖らせる。

「今度は何したんだよ」
「朝起きたら突然痛くて…寝方かなぁ」
「動いてないからかもな」
「……うぐ」

 彼の言葉を否定出来ずに目をそらす、確かにここ数日出不精だったのもあるかもしれない。生活習慣を見直しなさいというナイチンゲールの言葉を無視したツケがこれか。

(……バレたら、生命の、危機)

 どうにか彼女にバレる前に治さなくては、と焦りはするものの、この腰の痛みでは今から運動などできるわけもなく。もちろん彼女以外の医療チームに助けを求める事も考えたが、その場合私の容体が彼女の耳に入るのも時間の問題になるだろう。

「いたた……本当、どうしよう」

 ベッドの上でため息を一つ、その行為すら腰に響き私は眉をひそめる。なんだってこんな目に合わなきゃいけないんだ。

「……うつ伏せにはなれるのか」
「ん? うーん、痛いけどまぁ、今回はそこまでひどくないし」

 それがどうした、と彼を見上げようとして、世界がひっくり返った。私の体が転がされたのだ、と気付くと同時に腰に激痛が走る。

「いっ……だぁぁぁぁぁ!? ……っぐ……!! ふざけんな……っ」

 叫ぶ私に「悪い悪い」と、全くそうは思っていなさそうな声で彼はそう言った。次いで足のあたりに体重のかかる感じがして、なにを、と震えた声を絞り出した。

「マッサージだよマッサージ、なにもしないよかマシになんだろ」
「あぁ、確かに……ってそれならそうと言ってくれれば自分で体勢変えるんですけど? 無理にひっくり返されたせいでめちゃくちゃ痛かったんですけど!?」

 睨みつけてやりたいが、振り返ることもできず私は目の前の枕に向かって悪態を吐く。「だから悪かったって」と言いながら彼は私の腰に手を当てた。

「……いやいや、待って? 私まだお願いするとは言ってないんだけど?」

 彼がその手を止める。

「断る理由があるのか?」

 ないといえば、ない、が、これだけは聞いておかないと、頼むことはできない。
 私は覚悟を決めて小さな声で彼に問いかけた。

「…………痛い?」
「まぁ、多少は」
「じゃあやだー!! やだ! せめて老師を……老師《プロ》を呼んでー!!」

 腰に響かない範囲でジタバタと暴れる。が、もちろんそんなことでランサーが微動だにするわけがない。彼は少し考えるかのように黙ってから「そうだな、」と口を開いた。

「ま、お前が俺に処置されるのが気に食わんと言うならやめてやる。だけどあのアサシンを呼ぶというのなら自分で行くんだな、俺は手伝わんぞ」
「ぐ」

 ぱ、と彼が私から手を離す。それは、少々ずるくないか。今の私はどこにいるかもわからないサーヴァントを探すのは至難の業だ。というか、途中でナイチンゲールに見つかる可能性もあるのにそんな冒険したくはない。

「どうする?」

 顔を見ることはできないが、どうせ奴は断られるわけもないと余裕の表情をしているのかと思うと素直に腹が立つ。だけど、私にはやはり選択肢はないわけで…

「……ランサー」
「うん?」
「…………出来るだけ、痛くしないでね?」
「了解」

 彼のいう通りになるのは癪だったが、他に選択肢のない私は素直に彼の世話になることにした。

 

 誤算、だった。まさか彼のいうマッサージがこんなにも、

「……んん〜」

 気持ちがいい、なんて。

 漏れそうになる声を抑えながら、彼の大きな手のひらの温もりを感じていた。患部が温められるだけで大分痛みが和らぐのだが、彼の力加減がまた丁度良い。もしやこれを生業としていたこともあったのでは? というくらい加減が上手い。

(贅沢だなぁ)

 アルスターの大英雄様にこんなことをさせるのは流石の私も気が引ける、が、なんだかちょっと気分がいい。そんな風に優越感に浸っていると、彼が「痛くねぇか?」と聞いてきた。

「うん、気持ちい〜……んっ」

 私がそう答えると、彼がピタリと手を止めた。どうかしたのだろうか、と考えていると、「まぁ、こんくらいでいいだろ」と言って私から離れていってしまう。

「え……! やだ、ランサー、もうちょっと!」

 もはや痛みを緩和させるというよりは心地良さ目的でそうだだをこねる。だが彼からの返事はなく、不思議に思って「ランサー?」と名を呼ぶと、先程と同じように身体をひっくり返された。

「いっ…だだだだだだ!! ま…っじでやばい!! ばか!! マシになったとはいえまだ痛いんだけど!?」
「おい、あんま色気のない声出すなよ、萎えんだろ」

 萎え……? と彼の下半身に視線を下ろす。そしてそこにあった信じられない光景に再び声を張り上げた。

「な……なんで勃ってんだよ、おまえーー!!」
「あ? てめぇが悪いんだろうが、散々煽っといてよく言うぜ」
「はぁ〜〜〜〜!?」

 そうこうしているうちに彼はもうその気になっているらしい。私の許可を待つことなく、シャツの隙間に手を差し込んだ。

「ちょ、ちょ、待て待て待て、無理だよ無理! 腰痛いんだってば!」
「大丈夫だ、てめぇは動かなくていいぞ」
「違う違う! 動く動かないの問題じゃないんだって……!」

 私の制止も虚しく彼は私の脚を持ち上げた。無理な体勢に腰はやはり痛んだが、マッサージの甲斐あってか多少は痛みが緩和されているようだ。少し悔しい。

 もうだめだ、これは止められない、と悟った私は、出来る限り腰に負担がかかりませんようにと神に祈りながら痛みに備えて目を閉じた。

 

 ――その後、なぜかわからないが・・・・・・・・・、痛みは二日ほど続き、ナイチンゲールにはもちろんバレた。

 余談だが、ランサーはしばらく接見禁止を言い渡されたらしい。……あくまで余談だが。






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