ケルト式特訓法



 槍というのは、とどのつまり、「棒」である。
 とある棒術の一派では、「突けば槍、払えば薙刀、持たば太刀」なんて言葉もあるそうだ。余談だが、私は中国拳法には少しばかり覚えがある、その中には長物を使う棒術も含まれていた。

 つまり何が言いたいって、改めて槍の使い方などを習う必要性も特にないわけで。

「良いから構えろ」
「えぇ……そうは言っても、これ結構重いから片手で持つの結構腕がプルプルするんだけど」
「一応軽い方だぞ、それ」

 だから、ランサーにとってどうかとかではなく、私には重いという話をしているのであってですね。

「それをそのままあの的目掛けて一直線に投げろ」

 無茶を言う。ランサーの腕にかかれば簡単なのかもわからないが、私からすればそれは難易度「高」のミッションだ、だがやらないことには納得しそうにもないので出来る限りの力で思いっきりそれを放り投げる。

「っちぇい!!」

 なんとか的のある位置までは届いたものの、がむしゃらに投げたのでもちろん当たりはしない。

「お、届きはするんだな、それだけ力が出せんならこっち持っても大丈夫だろ、そら」
「うっ……いや、重……」

 投げ渡された槍を受け取り、予想以上の重さによろける。なにが大丈夫なものか、こんなもの投げるなんて人間の私には無理だ。

「安心しな、それは投げねぇよ。ほら構えろ、まずは両手でしっかり握って腰を落としてだな」
「いや、ストップストップ」
「んだよ、言っとくが師匠の教えはこんな生ぬるいもんじゃなかったぞ」

 いや、ケルトの修行の厳しさを適応させられても困る、私は人間だぞ。

「そもそも、なんで私ランサーに槍の稽古をつけられてるわけ?」

 文句は言いながらも言われた通りに槍を手に姿勢を低くすると、もう少し、といった風に彼が私の肩を下へ押す。無理な体勢と言うわけではないが、そもそもやる気のない私には億劫だ、なぜこんな状況になっているのかの説明くらいはして欲しい。

「自分の身くらいは守れるようになった方が良いだろ」
「……いや、知ってると思うけど、私も一応格闘技の心得はあるんだよ」
「得物も使えるに越した事はねぇよ、長物なら相手に近寄られるリスクも減る」
「言いたい事はわかるけどさぁ」

 渋々、という表情を隠すこともなく、彼に指示された通り手に持った槍を振るう。突き刺す、薙ぎ払う、なんて事なく見えるその一つ一つの動きは、やはり想像よりもずっと力のいるものだ。いつも見ているランサーのようにはうまく振るえない。
 彼もそれはよくわかっているようで無理は言わないものの、「もう少し」とさらに上の動作を求めてくる。

「槍を長く持とうとするな、中心を持った方が多少は軽くなんだろ……突きに力はいらねぇが、振り払うつもりならその腕力だとちときついな」
「……女の子、ですから」

 肩で息をしながらそう呟く、空を切っただけでこれだ、実践に使えるようになるには途方も無い時間がかかるだろう。彼もそれに気づいて「やっぱやめよう」となってくれるか、もしくは見込みなし、とでも思い至ってくれれば良いのだけど。

「んじゃまぁ、とりあえず実戦で練習してみっか、サーヴァント相手はきついだろうからシュミレーターで適当な魔物でも」
「いやいやいやいや」

 それはおかしい、と彼の腕を掴み必死に目で訴える。阿呆なのかこの男は、今の私の動きを見て実際の戦闘に耐え得ると判断したのなら彼に人を見る才能は一切ない。

「体で覚えた方が早いだろうが」
「覚える前に死ぬよ私は」
「だからレイシフトじゃなくてシュミレーターなんだよ」
「いや、たしかに死なないかもしれないけど死にそうにはなるでしょ、普通に嫌だよ?」
「死にかけた方が身につくぜ、こういうのは」
「わぁ、すごい、暴論が実体験を纏わせて最悪の形で私の目の前に展開されてる〜」

 ランサーやその周りの人がそういう常識内で生きているのはわかっているが、それを私に当てはめないでほしい、何度も言うが私は人間だ。
 だが彼の腕力の前では抵抗も虚しく、私は廊下を引きずられるようにして歩くことになった。

「ねぇ本当に行かなきゃダメ? 別に槍なんて振るえなくたって……ランサーが守ってくれるんだから、問題ないじゃん」
「俺が居ない時どうすんだよ」

 その仮定は無意味だ、と思う。どうせ彼は隣にいるし、私から手を離すなんて滅多なことではあり得ないし。……恥ずかしいので絶対に言葉にはしないけれど。

「……あ、さてはランサー、私を守りきる自信がないんでしょー」

 最後の手段、彼の自尊心を煽る作戦に出る。ぷぷぷ、と口元を手で隠すように嘲笑えば、きっと彼も「そんなわけねぇだろ」と声を荒げるはず。そうしたらすかさず「じゃあもしもの時になんて備える必要ないよね?」「だってランサーがいるもんね?」「守ってくれるんだもんね?」と畳み掛ければそれで試合終了だ。これでダメならもうダメだ、大人しく死を受け入れるしかない。その場合はせめて、弱いエネミーとの戦闘で済みますようにと祈ることにしよう。

「……………………あ?」

 底冷えするような低い声、一瞬、誰の声かと思ってしまったが、どうやらそれは彼が私に向けて発した一声らしい。恐る恐る見上げると、カッと見開かれた彼の瞳と目があった。まずい、結構本気で怒っているっぽい。

「……上等だ、その喧嘩のってやるよ、丁度シュミレーションルームに行くところだしな」
「え、ちょ、」
「エネミーなんかじゃなく俺が直々に槍の使い方を叩き込んでやろう。覚悟しろよ、二度と俺の実力を疑うような発言なんぞできねぇようにしてやる」

 ──最悪の展開になった。

 考えうる限りの最悪だ、仕掛けたのが私からである以上、ここから何を言おうとも彼は撤回も手加減もしてはくれないだろう。

(終わった……)

 これから繰り広げられるであろう地獄の特訓を想像すると涙が出た。あぁ、せめて最後に大好きな唐揚げが食べたい、鶏肉は外国産で構わないから。
 
 それから、三時間後に彼のケルト式特訓が終わるまで、私は死の淵のギリギリを彷徨うことになった──。




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