防衛術的老師



 暇だ。そうだ、シュミレーターでも使って戦闘訓練でも行おうか。
 そんなことを考えながら、ランサー、クー・フーリンは廊下を歩いていた。
 どうせなら誰か相手がいた方が面白い、向かっている間にめぼしい奴にでも会えないだろうか、とも。

「……ん、あれは…おー、マスターじゃねぇか!」

 遠目に自身のマスターの姿を見つけ、声をかける。珍しく戦闘服を着込んだ彼女は、振り返って「ランサー」と俺を呼んだ後、汗を拭いていたタオルを首にかけた。その隣にはもう一人──あれは、アサシンの李書文だろうか。

「なにしてんだ?」
「へへ、ちょっとね、老師に稽古をつけてもらったところなんだ」
「老師?」
「うん、老師」

 そう言って彼女が李書文を見る、本人は「どうやら儂のことらしいぞ」と少し肩をすくめてみせた。

「稽古って、なんのだ?」
「八極拳」
「ほぉ……? つってもお前、充分強ぇだろ」

 彼の言うとおりである。十代の頃に魔術の師でもある養父に護身術を習っていたと言う彼女は、養父が得意としていた八極拳を中心に、対人間であれば大抵は打ち負かせるくらいの武芸を叩き込まれていた。

「いやー、えへへ、褒めてもらえるのは嬉しいけど今のままじゃ魔物相手にはちょっと心もとないからね」

 ファイティングポーズを取り、シュッ、シュッ、と拳を前に突き出す。それはボクシングじゃないのか、とは思うがそれは口にしない。

「ふむ、少し見させてもらったが、型はしっかりしておるようだったな。後はとにかく実践を重ねてカンやセンスを磨くと良い、儂もいくらでも付き合おう…ふっ、だが、儂は厳しいぞ? 嬢」

 にやり、笑う李書文の鋭い眼光を受け、彼女は「お、押忍!」と言って胸の前で交差させた腕を下ろし脇を締めた。

(それは空手じゃねぇか)

 いや、まぁ、中国武術と空手の構えはたしかに似ているところがあるようにも思うが。

「良い返事だ」

 ぽん、と李書文の手のひらが彼女の頭を撫でる。照れたように、嬉しそうに、「ありがとうございます」と彼女ははにかんだ。

「ほー……う」
「……なんだよ、ランサー」

 不服そうな声、李書文に向けた表情とは打って変わって、むすっとしたような顔で俺を睨みつける。

「いやぁ? 随分と嬉しそうだと思ってな〜?」
「む……そりゃそうだよ、老師は強くてめちゃくちゃ尊敬してるんだもん、褒められたら嬉しいに決まってる。それに……あっ、いやなんでも…」
「それに? なんだ?」
「う……老師、顔が良くて……かっこいいから、その、素直に照れるし……」
「ほう?」

 そんな声をあげたのは、今度は李書文の方だった。「嬉しいことを言ってくれるものだ」と笑いながらそのサングラスを外す。

「嬢は儂の貌が好みか?」
「ほ……!」

 ぐ、と近づけられた顔に彼女はピタリと動きを止めた。ビンゴだ、至近距離で見つめ合う形になり最早思考が追いついていないのだろう。

「その辺にしといてやってくれや、いい加減にこいつの心臓が止まっちまう」

 彼女の肩を引いて二人の距離を空ける。離れてから長く息を吐いた様子を見るに、恐らく呼吸の方は止めていたのだろう、すでに。

「呵呵ッ! いやはや、色に弱いのはお主の弱点だな」
「ろ……老師! からかわないでください!」
「すまんな……あぁだが、お主さえ良ければ、そちら、の稽古もつけてやっても構わんぞ?」
「ひょ……!?」
「……マジで勘弁してやってくれ」

 呵呵、と笑いながら李書文はサングラスをかけ直す。やれやれだ、(意外と)初心なマスターをこれ以上からかわないでやって欲しい。というか、

(俺の前で俺のマスターを口説こうなんざ、いい度胸じゃねぇか)

 そんな気持ちで李書文を見ると、サングラス越しの瞳と眼があった。奴は一度瞬きをした後、「……安心するといい、奪わんよ」と眼を細めた。

「そっちこそ安心してくれや、奪わせねぇからよ」
「ほほう、これはこれは大した自信だ」
「まーな」
「……?」

 キョトンとしたマスターを挟んで俺と李書文は睨み合う、なんとなく、今のこいつは気に入らない。

「……! ははーん! さてはこれはあれだな? 私、取り合われてるな? 私のために争われてるな!?」
「……はぁ〜」

 空気の読めない彼女の言葉に思わず肩の力が抜けた。……馬鹿馬鹿しい、何をしているんだ俺は。

「あれ、違った?」
「儂はそれでも構わんぞ」
「お前らな……」

 マスターはともかくとして、存外乗り気な李書文に少し驚く。すると、彼が「そこで一戦、如何かな」とシミュレーションルームを顎で指し示した。

「大方、模擬戦闘でもしようとここに来たというところだろう? 儂もまだ動き足りなくてな」
「いい提案じゃねぇか、よし、乗った」
「……え? え、え、本当に私争奪戦? ちょっと困っちゃうんですが…」

 自分で言い出したくせになぜ照れるのか。そういうところだぞ、マスター。

「よし、そんじゃまぁ、よーく見てろよマスター? てめぇが師匠と仰ぐ男とてめぇの一番槍、どっちの方が強ぇのか、ってな」
「……うー、なんか、すごく、恥ずかしいんだけどそれ…」

 赤くなる彼女の頭をポンと撫でてシュミレーターに向かう。さて、気の多いマスターに、改めて俺の強さを見せてやるとしよう。

 

「嬢の為に争うと言うのだから、勝った方に何か賞品があった方が良いのではないか?」
「それもそうさな……マスターからの口付けなんてどうよ」
「接吻か…悪くない、拳に力も入るというものよ」

「いやいや私の意思を無視しないでくれませんか?」




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