ランサーとメガネ



 ……これは、このカルデアにおける義務らしい。

 かちゃりと音を立てて顔につけたそれの位置をなおした。慣れない耳と鼻の上の異物感と視界を遮るレンズの違和感に、はぁ、とため息をつく。
 やはり外してしまおうかと、それに――眼鏡に、手をかけると「だめー!」とマスターが笛を鳴らした。

「それは重大な違反行為です! ランサー! 眼鏡は外さないでくださーい!」
「マスター……テメェまたこんなくだらない事に令呪を使いやがって」
「はい、ここ私の部屋では私がルールでーす! 文句は受け付けませーん!」

 ぴーっ! とマスターが手に持った笛が鳴る、そこそこうるさい、どこから持ってきたんだそれは。

「つーかもう満足したろ、外すぞ、これ」
「あー! ダメ! ダメだよ!? 令呪使ったんだから!! せめてもうちょっとー……!」

 彼女が縋るように俺の腕に抱きついて、いやいやというように首を横に振った……子供かこいつ。
 そもそもその簡易令呪には大した強制力がないことをマスターだってよくわかっているはずだ、俺が言うことを聞いてこの眼鏡をかけているのだって令呪の強制力があるからじゃない、無意味に令呪を消費してまで頼んで来たから仕方がなく′セうことを聞いてやっているだけだ。そろそろ終わりにしたっていい頃だろう。

「うーん、やっぱりランサーは大きめの眼鏡が似合うよね……うぇりんとんってやつ! でも四角いのも似合うかも……下だけフレームのやつとかもつけて欲しいな〜……サングラスとかも……えへへー」
「満足したなら外すぞ」
「あー!? 待って待って? 話聞いてた!? まだいっぱい試して欲しいのに!!」

 マスターは俺を止めようと今度は腰に抱きついてくる。どんだけ必死なんだよ、こいつは。

「ランサーかっこいいから!! 眼鏡かけたらもっとカッコよくなるから!! 今だけ、今だけでいいからかけてて欲しいの!!」
「……ほぉー」

 褒められたことに関しては悪い気はしないが、それにしたって何故こんなに眼鏡にこだわるのか……そういえばもともとこいつは眼鏡をかけた人間に心を奪われやすいところがあったか。

(軍師のにいちゃんや北欧のあの竜殺し、あとは作家のあいつもか?)

 彼女が嬉々として彼等の育成に力を入れていたことを思い出す、なんなら軍師の……諸葛孔明に関しては、わざわざ眼鏡をかけたところまで再臨段階を戻すほどだ、並々ならぬ眼鏡への熱意を感じる。

「なぁマスター?」
「ん?」

 腰にべったりと張り付いたマスターの顔を両手で挟み無理やり真正面から目を合わせた、驚きと照れの混ざったような表情で「ら、らんさー?」と問いかける彼女に少し顔を近づけて「そんなに俺はかっこいいか?」と問いかける。

「う、自惚れてる……」
「なんだよ、お前が言ったんだろ、かっこいい、って」
「そう、だけど……その……」

 みるみるうちにマスターの顔が赤くなり、目をそらした。照れているようだ、ふむ、可愛いところもあるじゃねぇか。

「そんなに好きか? 俺の顔」

 と、彼女の頬を手のひらでもちもちともてあそびながらそう聞くと、彼女は困ったような恥ずかしそうな表情で小さく口を動かした。

「あ? なんて?」

 聞き取れずに彼女の口元に耳を寄せると「だ、だから……その」とモジモジとした様子でこう続けた。

「別に……か、顔だけじゃなくて、性格とか、声とか、え、笑顔とか……その……全部……好きだけど……?」

 ――稲妻、走る。

 恥じらいと、強がりと、素直さと、
 言ってしまってから少し後悔したのかうつむいた顔を上げようとしない、恐らく先ほどよりも頬を紅潮させいっそ涙でも浮かべているのではないだろうか。
 あぁ、まったくこいつは、

「――涼、」
「え……んっ……!?」

 かちゃり、
 衝動に駆られ、彼女の唇を半ば強引に奪うと、かけていた眼鏡がそれを阻むように音を鳴らした。……押し付けられた鼻の頭が少し痛い。

「ん、やっぱこれ、邪魔だな」
「…………!? ……!?」

 眼鏡を外してその辺に投げ捨てる、文句の一つでも言われるかと思ったが、突然の事態に頭が追いついていないようだ。変なところで純粋というかウブというか…そういうところは、可愛いんだが。

「……ら、ランサーの、ば、ば、ば、ばかー!!」

 正気に戻った彼女がぽこぽこと俺の胸を叩く、割と本気で叩かれているようで少し痛いが真っ赤な顔で涙目になりながらそんなことをされても恐くはない、可愛いもんだ。

 ……頼まれればまた、少しくらいなら付き合ってやるのも悪くないかもしれない。




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