ロスト*



「いかないでよ」
「は……」

 あまりにも直球な言葉、彼は、ランサーは呆れたような顔でそれだけこぼした。

「還らないで」

 そんな彼の瞳をまっすぐに見つめながらそう続ける、悲しみも怒りも感じさせないように淡々と、声は震えないように、聞き逃されないようはっきりと。
 ランサーは少し困ったように眉尻を下げたあと、また元の厳しい顔に戻って「そいつはできねぇ話だな」とため息をついた。

「なんで」
「よくわかってんだろ、俺がそういう奴だって」

 第二の生に興味はない、今は今を生きている奴のもんだ。
 馬鹿みたいに彼が繰り返し口にしていた言葉が脳裏をよぎる、だがそんな事私にはなんの関係があるだろうか。

「知らない、そんなの、いかないでって言ったらいかないでよ」
「あのなぁ」
「いやだ」

 ランサーの返事を聞くこともせず駄々をこねる私に、ランサーは頭をかきながら「少しはあの嬢ちゃんを見習えよ」とこぼした。
 あの嬢ちゃん、とはきっとリツカちゃんのことなんだろう。彼女は――彼女も、今、共に特異点を駆け抜けた数々のサーヴァント達に別れを告げている。
 中にはここに残ると言い出す者もいるが、それらも含めて彼女は「今までありがとう」と笑顔で手を離すのだ。
 ――その目に大粒の涙を浮かべながら。

(私にはできない芸当だ)

 馬鹿にしているわけではない、けれどやっぱり私には到底できることじゃないと思った、笑顔でさよならを言う≠ネんて、本当はさよならなんてしたくないくせに。
 
 人理修復が成されてから、一年が経とうとしていた。
 人理修復機関カルデアは――解体されようとしている。
 
 リツカちゃん、人類最後のマスターである彼女と契約しているサーヴァントは、そのどれもが人理修復を目的として召喚された。ならば目的を達成した今、座に還るのは当然とも言える。だが、

「……ランサーが契約しているのは、私でしょう…」
「便宜上はな」
「なにそれ……」

 突き放したような物言いに自嘲気味の笑いがこぼれた、私からの魔力をもらっておいてよくもまぁそんな事が言える。

「だったらマスターのお願い聞いてよ、令呪、使ったっていい」

 そういうと私の手の甲にある赤い痣が発光してるかのように光り、「座に還ることを禁ずる、ランサー」と言うと、その一画が光を失い消えた。

「……その令呪にゃ大した強制力はないってわかってんだろ」

 彼がなんでもない様子で私の側へと歩み寄る、カツン、カツンと少しずつ近くなる足音がいやに耳に響いた。

「……ランサー、ランサーまで、また、いなくならないでよ」

 そう言ったときにはもう私はすっかり下を向いてしまっていて、俯いた私の視界にはランサーの足がかすかに見えていた。

「お願い、ねぇ、せめて、私が幸せだって思えるまでは側にいてよ」
「それは、無理だ」

 間髪入れず彼が私の言葉を否定する。酷い人だ、もう少し考えるそぶりくらい見せてくれたっていいのに。

「お前は俺がいたって幸せにはなれねーよ」

 ひやり、冷たいものが腹の底に広がる感じがした。
 ランサーの言いたいことは、わかる、きっと私はそうなんだろう、あの人がいなければ、きっと、いつまでも、

 ここまで必死に必死にこらえてきた涙がじわりと滲んで視界がぼやけた。と、その時、頭に温かいものを感じて思わず顔を上げる。

「え……」

 それは彼の手のようだった、優しく撫でられるその感覚に耐えられなくなり、涙がついにこぼれ落ちた。

「そうさな……もしもまた、お前が辛くて耐えられなくなったら、俺を呼べばいいさ。ずっとは側には居てやれねーが……お前が呼ぶなら、また手を貸してやるよ」

 ニッ、と笑う、まるで太陽のような笑顔だと思った。
 彼は私のポロポロと流れる涙を少し乱暴にぬぐってから、「それじゃあな」とだけ言い残して私の横を通り過ぎ部屋の出口へと歩いて行く。

「……っ!」

 振り返る、ことができなかった、
 私はまたうつむきながら自分の涙が作った水たまりを見つめ続ける。

 後ろで扉が開く音がして、ようやく一言だけ声を絞り出した。

「……いかないで……っ!」

 彼の足音が止まる、体感的にはあまりにも長い時間――本当は、ほんの数秒だったのかもしれない――背中合わせのまま黙り続けた。
 口を開いたのはランサーの方だった。

「……それを本当に言うべき相手は、もっとずっと前に居たんじゃねえか」

 ちょっと遅すぎたな、と小さな声で最後に残してドアの閉まる音が聞こえる。
 まって、と振り返った時にはもう彼の背中は見えなくなった後で、大粒の涙がまた頬を伝った。

「……さよなら、私のランサー、」

 ありがとうとは、絶対に言わないけれど
 今度は自分で頬の涙を拭ってから、少しだけ微笑んだ。


 
 ――それが、たった数日前の出来事、
 
「お初にお目にかかる、私は言峰綺礼」
「き、れ……」

 ドクン、大きく鼓動する心臓の音がうるさい。

「……失礼、どこかで会ったかな?」

 ドクン、ドクン、
 あぁ、どうして、ずっと探していた人に会えたはずなのに、なんでこんなに苦しいんだ。

 ――「もしもまた、お前が辛くて耐えられなくなったら、俺を呼べばいいさ」――

 それはおそらく、今なんじゃないかと思うほどの、不安、焦燥、恐怖に、私の心は支配されていた。
 ……けれどそれでもこの時彼に頼ることをしようとしなかったことを、私が後悔するのはそのすぐ後のことだった。




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