素直な君



 真夜中、明かりの消えた彼女のマイルーム。これが他の人間であればもう眠ったのかと考えるような時間、だが夜更かしの大好きな彼女のことだ、どうせまだ起きているのだろうと部屋の入り口から「戻ったぞ」と声をかけた。

「……おかえり、ランサー」

 案の定、布団にくるまってゲームかなにかをしていたようで、掛け布団の隙間から漏れた光が彼女の顔をぼんやりと浮かび上がらせる。やれやれまたか、と俺はため息を吐いて部屋の明かりをつけた。

「目ぇ悪くすんぞ」
「まぁたそんな、どこぞのアーチャーとおんなじこと言って」
「言われんのが二度目ならその辺にしとけつーの」

 呆れたようにそう返せば、思いの外素直に「はぁい」とその端末の電源を落とした。

「なんだ、今日は聞き分けがいいじゃねぇかマスター」

 彼女の寝ている寝台に近づくと、こんどは「まぁね」という誇らしげな声が帰ってくる。

「ランサー、ちゃんと向こうでお役に立ってきた?」
「当たり前だろ、俺を誰だと思ってんだ。ほれ、土産だ。サポートの礼だとよ」
「わーい」

 片腕で抱えていた袋を投げ渡すと、彼女は少しだけ体を起き上がらせそれを受け止めた。
 中身はレイシフト先で収集した素材の一部だ。先程まで彼女以外のマスターの素材集めの手伝いをしていたのだが、そのマスターが好意で分けてくれたものである。

「わー、混沌の爪! うれし〜!」

 欲しかった素材でも入っていたのだろうか、彼女が嬉しそうに袋の中身を取り出すと、中で硬いそれがぶつかり合うような音がした。

「今日は魔獣狩りでもしてきたの?」
「ん?あぁ、合成獣《キメラ》を何体か、な」
「へぇ〜…………」

 じっ、と彼女がこちらを見つめる、なんだか少し不快そうな表情で。いったいなんだというのだ。

「…………獣と血の匂いがする……」

 うへぇ、と顔を手で覆うようにして彼女が俺から距離をとるように身体を引いた。失礼な、と思ったが、そういえば帰ってから直接ここへ来たので返り血などがそのままであることを思い出した。ふむ、なるほど、これではそんな顔をされてしまっても仕方があるまい。

「私、シャワーも浴びないような人との逢瀬なんてまっぴらごめんなんですけどー」
「……逢瀬、ねぇ……なんだ、遠回しなお誘いか?」

 キョトンとした顔で二、三度瞬きをした後、彼女は照れたように「んふふ」と笑った。
 意外だ、てっきりいつものように顔を赤くして反論をしてくると思っていたのに。

「そう聞こえたなら、それもありかな……なんて、へへ……待ってるね?」

 膝の上の布団を、口元を隠すように持ち上げてそんなことを言う。本当に珍しい。だがなるほど、彼女がそういう気分であるのなら俺が断る理由はない。

「言ったからには先に寝たりすんなよ」「うん」「じゃ、この部屋の風呂借りるぜ」「うん」「……本当に寝んなよ?」「うん」

 振り返った先には俺が来た時と同じように布団に包まった彼女の姿、十中八九そのまま寝るのではないだろうか。
 これはちゃっちゃと済ませた方が良さそうだ。しかし早すぎると、まるで俺がそれを待ちきれないと言っているみたいで面白くないような気もする。

 ……あいつの意地っ張りが移ったのかそんなことを考えてしまう。俺は気持ちいつもより長めにシャワーを浴びてマイルームへ戻った。

(いや、これはこれで念入りに身体を洗ったみたいになってねぇか?)

 はた、と気付いて一瞬髪を拭く手を止めたが、そんな細かなことを気にするのも馬鹿馬鹿しくなったので、何も考えずに眠っているであろう彼女のそばに寄る。

 そっと覗き込めばやはり静かに寝息を立てているようで、落としかけている毛布の下で、制服を着たままの彼女が寝苦しそうに身をよじっていた。

「ったく、寝るならせめて着替えくらいしてからにしろよな」
「ん……寝てない……よ……」

 ぼんやりとした声、まぶたは降りたままでうわごとのようにつぶやく彼女に、「寝てんじゃねぇか」とため息をつきながらその頬を撫でる。

「寝るなよって言ったのにな? 誘っておいて放っておくなんていい性格してるぜ、お前」
「んんー……?」

 つんつんと頬をつつくと寝ぼけてそんな声を出す、はは、と笑いながら俺もその横に並ぶようにして布団へ潜り込んだ。

「らんさー……」

 俺の名前を呼ばれる。なんだ? と返したはいいものの、どうせ寝言だろうと返事などは期待していなかった。だが彼女はまだ少しだけ意識があるようで、目は開かないものの「あのね」と言葉を続ける。

「今日は……ランサーが、居なかったから」
「ん」

 ぽんぽんと子供を泣かしつけるように優しく背を撫でると、彼女の声が甘く溶けるようになっていく。さて、そんな状態で何を言われるというのか。
 俺が居なかったから、不便だった? 静かでよかった? いつも通りそんな小言とも嫌味ともいえる言葉が続くのだろうと思って、苦笑いでそれを待つ。素直じゃないのはいつものことだ、だから甘えたような言葉なんて期待していなかったのに――

「……さみし、かった」
「…………は?」

 そんなことを言うもんだから、思わず俺の口からは間抜けな声が漏れてしまった。
 彼女はといえば、俺が潜り込んできた隙間が冷えるのか、少し身を縮こませながら俺の胸に寄りかかる。らんさー、とまた小さな声で俺を呼んでから、微笑み、静かな寝息を立て始めた。

「……おいおいまじか、生殺しじゃねぇかよ」

 まいった、と頭を抱えて彼女から目を逸らす。寝込みを襲う趣味はないが、思わず手が出そうになるのを必死にこらえた。

「普段からそれくらい素直なら良いんだが」

 抱きしめた身体は温かく、睡眠の不必要な俺も少しだけ瞼が重くなってくる。

 ……眠るつもりは毛頭ないが、少しここで微睡むくらいはしてもよいだろう。穏やかな顔で眠る彼女の額にキスをしてから、俺もそっと目を閉じた。

「おやすみ、マスター。良い夢を」




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