好奇心は猫を殺す



 顔の良い男の弱った姿は、良い。

「……なぁ、マスター」
「うん?」

 はぁ、と乱れる呼吸を隠すこともなく、ランサーが私の肩を抱くようにして引き寄せた。耳元で囁くように「もう、いいだろ」と喘ぐ彼の声に、「なにが?」と素知らぬふりをする。

「わかってんだろ……」
「さぁ、なんのことかわかんないや」

 とぼけようとしてはみるものの、口元のにやけだけは止められず、彼はそれを見ながらまた、軽く舌打ちをこぼした。

「くそ、マジで、きついんだっつーの……足りねぇんだよ」
「だから、なにが?」
「……魔力、だよ」

 そう、魔力。私と彼のパスが閉じてから、丸一日。彼の活動に限界が来ていた。それで、先程から彼は私に魔力供給をねだっている、というわけだ。

「そもそも、てめぇがパスをまた繋げば何の問題もねぇんだがな」
「えー、ふふ、そうだなぁ、そうだねぇ?」

 もちろんそれは不可能ではない。私だって正当ではないとはいえ魔術師の端くれだ。途切れたパスを繋ぎ直すなんて簡単なこと、今すぐにだってできる。
 が、それではちょっと、面白くない。
 
「パスが閉じた理由も解明できてないのに、軽率に繋ぎ直すのもどうかと思って?」
「うそつけ……いや、それならそれで、いい、いいから、とりあえず魔力よこせ」

 彼の顔が近づく、それを指で押しとどめるようにして「まだだめでーす」と言って微笑んだ。

「なんでだ」
「ふ、えへへ、ランサーのそんな顔、レアだからね」

 苦しそうな、困ったような、私に「魔力を」と懇願するその切なげな、表情。
 ──正直、興奮する。私はSではなかったはずなんだけどなぁ。

「……っはぁ、いい加減、本気で、やべぇ、ぞ…消えてもいいのかよ、俺が」
「……ん、それは嫌だな……もう、仕方ないな」

 はい、と言って私は彼に近い左腕を差し出し、手持ちのナイフで傷をつける。彼は少し苦虫を噛み潰したような顔をして「血液以外でもいいだろ」とぼやいたが、私がそれを許さないという事が分かったのか渋々といった様子で私の白い肌に噛り付いた。

「……ふ」

 こくり、と彼の喉が動く。私の血液を飲んでいるのだ。そう考えると、何故かぞくぞくとしたものが背筋を這い上がった。

 息を継ぐように時折離される唇のその柔らかさに、少し憎々しげなその視線に、それでも待ち焦がれた魔力の味に恍惚と染まるその頬に、首筋を伝う汗に、漏れた声の官能さに──
 その全てに、私は思わず喉を鳴らした。

「……ん、充分、だ……おい、どうした、お前」
「え?」

 言われて、じっとランサーを見ていたことに気づく。なんでもない、と逸らした視線を捉えるように彼が私の頬を両手で包み込んだ。

「ちょ、離せランサー、なんだよさっきまでヘロヘロだったくせに力戻ってるじゃん」
「おかげさまでな」
「……んむ⁉︎」

 突如唇を塞がれ驚きに身を引くが、彼がそれを許してくれない。彼の舌が半ば無理やりに私の唇を開き、口内へと侵入した。
 ぬるりとしたその感触よりも、キスをされたことよりも、口の中に広がる血の味に私は眉をひそめた。

「んん……! う、え……まっず……ランサー!」
「へ、ざまぁみろ」

 彼の顔が離れてから、不快感を紛らわそうと数度咳をしてみたがなかなかその味は取れそうにない。キッと彼を睨みつけてはみるものの、彼はおかしそうに笑うだけだった。

「だがやっぱ足りねぇな、マスター、早めにパスの回復頼むぜ」
「くそ……おまえ……! 無理やりキスしておいていうことがそれ⁉︎」
「どうせパスが通ってないのもお前のせいだろ、むしろそれくらいで許してやろうっていってんだからありがたく思えよ阿呆」
「……わ、私は何もしてないし……」
「嘘吐くとまばたき増えるよな、お前」
「えっ、うそ」
「嘘だよ、間抜け」
「あっ……」

 ぺちん、おでこを軽く叩かれる。やられた、やはり彼の方が一枚上手のようだ、悔しい。

「ちぇー、ちょっとランサーの弱ってる姿が見たかっただけなのになー」
「あーはいはい、何がおもしれぇんだか、全く」

 半笑いのランサーを少し押しのけて腰掛けていた寝台から立ち上がる。何が面白いのか、と問われても困る、私だってそんな趣味なかったはずだとおもっているんだから。

(でも、好きな人のいろんな表情を見たいと思うのは、おかしくないと思うけどね……なんて)

 彼の顔を見て思わず笑みがこぼれる。「なんだよ」と不思議そうな彼に「なんでもない!」と舌を出した。

(そんなの、絶対に本人には言わないけど)

 好きだよ、なんて。




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