温泉宿、その朝



「ふわ……ぁ」

 大きなあくびだ。私のこぶしくらいなら悠々と入りそうなくらい大口を開けたランサーが「まだねみぃ」と掛け布団を少し深くかぶった。

「サーヴァントには睡眠は必要ないんじゃなかったの」
「あ? ここは別だ…閻魔亭では半ば受肉に近い状態になるんだよ……」

 よほど眠いのか、瞼は閉じたままそう答える。なるほど、玉藻と清姫もそんなようなことを言っていたかもしれない。

「だからって寝ないでよ、朝礼だよ、起きて」
「んー……」

 もう一度くわ、とあくびをしたランサーは、それでも起きる気は無いようで、布団を剥いだにも関わらずそのまま睡眠を続行するつもりのようだ。
 ……欠伸の仕方がどことなく犬に似ている……なんて言ったら怒るだろうか、それで怒って起きてくれるならこんなに楽なこともないが。

「起きて……起きてってば……」

 私だって本当は眠いのだ、起こしてくれる人がいるならもう少し駄々をこねて眠っていたいのは同じである。

「……ぐぅ」

 揺すり起こそうとしたのだが努力もむなしく彼は二度寝を決め込んでしまったらしい、負けた、とりあえず私だけでも支度するしか無い。

「……それにしても、だらけた顔して」

 隣に寝ているのが私だからか、敵襲の雰囲気もなく安心しているからなのか、普段の彼からは考えられないほど無防備だ。眉尻も垂れたまま、口も半分開いて、穏やかな寝息を立てている、頬をつついても起きる気配がない。
 そもそも寝顔自体が珍しい……いや、初めて見たかもしれない、まぁサーヴァントは眠らないし、当然といえば当然なのだが。

「……」

 彼の唇をふにふにと指で触っていると、少しいたずら心が湧いてきた。

「起きない方が、悪いんだもんね〜……」

 私は彼の寝顔にゆっくりと唇を寄せ……触れるだけの口づけを、してみた。

 ……しておいてなんだが、これは思ったより、恥ずかしい。
 急いで身体を離し、彼の顔を伺う……起きてはいないようだ、セーフ。

「……さ、本当に支度しなきゃ、朝礼に遅れちゃうもんね」

 よし、と自分に気合を入れてから私は洗面台へ向かった。
 今日も元気に勤労だ!
 
 
 
 
 
「……………………今ので起きねぇワケねぇだろ……」




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