収穫祭の夜の悪戯は「trick or treat!」
空っぽの両の手を目の前に立つ男、ランサーへ差し出す。彼は驚いたように目をぱちくりと瞬かせ、少し困ったように「あー……」と頭の後ろをかいた。
「逆に聞くが、用意してると思ったのか?」
「全然!!!!!! はいイタズラ! ……屈んで!」
当然そんな期待は一切していない。訝しげな表情をしながらも大人しく身を屈めてくれるランサーの頭の上に、あらかじめ用意しておいた犬耳のカチューシャを乗せた。
「んだこれ」
「似合うね! ……とったらダメだよ、イタズラなんだから」
彼に手鏡を差し出すと、「馬鹿にしてんだろ」と不満そうな声で息を吐く。本当は尻尾も用意したんだけど、多分この調子ならつけてはくれないだろうな……と、少しだけ残念に思った。
「ハロウィンね……それでお前さんもそんな格好してるわけだ」
「そう! 可愛いでしょ? 魔女……みたいな」
くるりとその場で一回転して、自分の衣装を彼に見せつける。いつもよりもふわふわして長いスカート。全体的に黒で落ち着いた色合い。肩だけは少し肌の透けるシースルー? の素材でさらに大人っぽく。
そして最後にローブとありきたりな三角帽子をつけて、日本人のよく考える魔女っぽさを全開に。完璧でしょう、と胸を張る私の全身を、彼は品定めでもするかのようにじっくりと見回した。
「……なんだよ、似合わない?」
「いや……んなこたぁねぇけどよ──もう少し露出があっても良いんじゃねぇか?」
「は?」
彼の手がローブをめくる。「腕は出てんだな」なんて言いながら、今度はスカートの方にまで彼の手が伸びた。
「せめてもう少し脚は出すとかよ」
「めくんな!」
その手を叩き落としてから彼を睨みつける。セクシュアルハラスメントの塊め、気のしれた間でもやって良いこととダメなことはあるんだぞ。
「どうせならもっと肌の出てるヤツ着たらいいだろ……あぁ、もしかしてその下にエロい下着とか」
「そんなわけないだろ」
そんなわけないだろ何言ってんだこいつ(二回目)。ハロウィンをなんだと思ってるんだ、なんだと思ってるんだハロウィンを(二回目)。
そもそもハロウィンの起源はケルトにあるし、むしろコスプレして「お菓子くれないとイタズラするぞ!」なんて本来のハロウィンと違う、と言われてもおかしくないと思っていたのに。
「ま、こういう微笑ましいのも悪かねぇわな」
人好きのする顔で彼が笑う。ぽんぽんと私の頭を撫でる彼は実に満足そうで……まぁ、さっきのセクハラ紛いの発言も多少は許してやろうかという気持ちにもなる。誠に悔しいことだが。
「いやぁ、可愛い女の子が可愛い格好で出歩いてるのを眺められるんだから文句なんてあるはずねぇわな!」
「だーと思ったよバカ」
なんで突然罵られたのか、と、彼が眉根をひそめた。それは自分の胸に手を当ててよくよく考えて欲しい。おばか。
「……私はむしろ原初のハロウィンに興味があるなぁ、たしか、カボチャじゃなくてカブを使ってたって」
「あぁ、まぁ今の形式とはほとんど違ぇな……よし、わかった、今夜時間あるか?」
「? あるけど」
「なら、ちょっと付き合え。あー、服装はそのままでな」
「え? うん……わかった!」
素直に頷いた私に、彼はウインクを残して去っていく。──犬耳はつけたままなのに、やけに様になっているのが少しだけムカついた。
「──これは……」
夕食後、彼に連れられて私はオルレアンの森へとレイシフトしていた。特に意味もなくレイシフトを行うのはどうかとも思ったが……職員の皆さんはなんだかやけに快く私たちをフランスへと送り出してくれていた。
「ま、ちょっと口説き落としただけだぜ」
「へぇ」
私の知らないところでそんなことしてるんだ。と、多少思うところはあったが、今日は不問としておこう。
「遅かったじゃねぇか」
「……」
「あれ……キャスターとオルタもいたの」
ランサーと同じ顔がもう二つ。よく見ると奥の方には若い方の彼もいるし、彼らの師匠のスカサハや、ディルムッドとフィンにフェルグス、なんとメイヴちゃんまでが勢揃いしているようだった。
「ケルト大集合」
「安直な寄り合い名だな」
笑うキャスターの前には大掛かりな……焚き火、だろうか。轟々と燃える炎と、その周りにはいくつかの作物が並べられていた。
「これは?」
「ハロウィン……つーか、サムハイン祭だな」
「サムハイン……」
フェルグス達のところは酒を飲みに行ってしまったランサーに代わり、キャスターがこのお祭り騒ぎの説明をしてくれる。いわく、ハロウィンの元になったサムハイン祭というのは、当時の暦で年末に当たるこの十月三十一日に、夏の収穫を祝い、悪いものを祓うためにこういった祭を行っていたらしい。
……途中、ウィッカーマンにまつわる人身御供の話が出たりもしたが、そこはあまり深くは聞かなかった。今後彼の宝具を見るたびに「供物……」などと思って切ない気持ちになったりしたくはないので。
「それがどうしてコスプレ日に?」
「あぁ、魔性のモンに連れて行かれないよう、そいつらの格好をして身を隠すのさ」
なるほど……じゃあ、ランサーがその服装のままで、なんて言ったのは、もしかしてそういうことを加味してのことだったのだろうか。
……いや、そんなわけもないか、どうせランサーのことだ、「目の保養になるから」なんていうふしだらな理由でこうさせたに違いない、絶対そうだ。
「──まぁ、今でこそそんなかたっくるしい行事でもねぇし、どうせならもっと過激な格好でも良かったと思うが──いや? もしかしてその下に満を辞してどすけべな服でも」
「着てない」
流石元が同じだけある、思考回路が全く同じだ。良い加減にして欲しい、キャスターは言い回しがさらにすけべ親父のそれだ。自覚があるのかないのか無いなら相当タチが悪い。
「……なんだ、着てねぇのか」
「オ、オルタまで……今オルタに対する信頼が多少揺らいだんだが」
冗談だ、と言う彼は相変わらずの無表情で、どちらが嘘かよくわからなくなってくる。まぁ、オルタの場合は実害もないし許すことにした。私を見下ろす瞳が獲物を狩る肉食獣のようにも見えたが、それも気のせいということにしよう。
というかなんでそんなにえっちな服を着せたがるんだ、着たところでどうせすぐ剥ぎ取るだろ、三人ともさぁ。
「さぁて、そろそろクライマックスといくかね」
「何するの?」
「まぁ見てな、派手なの行くぜ──」
キャスターが白い何か──恐らく何かの動物の骨のようなもの──を炎へと投げ入れる。そして彼が何事か呟くと、炎は大きく燃え上がり、天まで届こうかというほどの炎の柱となった。
「う、わぁ……!」
圧巻だ。肌寒くなってきた季節だというのに、その風の冷たさすら感じないほど熱く、巨大な炎。野生の獣は火に恐怖するという俗説があるが……なるほど、これを見れば確かに火を恐れる気持ちはよくわかるような気がする。
「いつもこんな感じなの?」
「いいや、今夜は特別でけぇのにした」
「……なんで」
「見たかったんだろ? 俺たち流のハロウィンってやつを」
彼がわざわざ「俺たち」という言い方をしたのが、まるで私が
彼らのお祭りだから興味を持ったのだと気づいているようで、私の頬は少し熱くなる。
けれどそれはきっと炎のせいだし──もし赤くなっていたとしても、それもきっと火の灯りを反射しているだけだし、問題はないのだ。そう、なにも。
「なぁ」
キャスターを見る、彼も同じように火の灯りが反射して少し赤みのある顔で、私の名を呼んでいた。……気づけば彼との距離はいつもよりも近く、優しげに細められた目が、愛おしげに私に笑いかける口元が、なんだかいつもより特別に見えて──
「……キャスター、なんか変な魔術でも使った?」
「あ? いや……なんだよ、突然」
「…………別に、使ってないならいいよ」
もしかして、ここにいるのはキャスターじゃなくて、イタズラ好きの妖精だったりして。だから、いつもよりこんなに胸がドキドキしてるのかも。
そんなことを考えてしまい、馬鹿馬鹿しい、と頭を振る。キャスターは余計に訳がわからんという表情で首を傾げていたが、特に深くは聞かないでいてくれた。
そうして薪が燃え尽きて、火も消えて、あたりが夜闇の薄暗さを取り戻した時、キャスターはその燃え跡から何やら手頃な大きさの木端をいくつか布に包み私に持たせた。
「ほれ、魔除けだ。部屋の暖炉にでも焚べておけ」
「……暖炉はなかったと思う」
「あー……ならまぁ、灰皿とかでもいいだろ」
なんで最後ちょっと大雑把になったんだ、それが彼らしいといえば彼らしいが。
「魔除けか……でも、私はいいかな」
「なんでだよ」
燃えさしを暖炉に焚べ、部屋を温めて悪さをする妖精や悪霊が家に入って来れないようにする──そういう指向だった筈だ。
「だって、そしたらランサーもキャスターも私の部屋入って来れなくなるし」
「悪霊扱いか?」
「いや、だって……二人とも、するでしょ、
いたずら」
「なにが…………、! ……あ〜……」
困惑した顔、気づいた顔、なにやらにやけた顔。コロコロと表情を変えた彼が、片手で口元を覆い隠しながら「プロトとオルタは含まねぇのかよ」なんてぶつくさ言っている。
「だって二人はしないもん、いたずら」
「……俺のくせに」
それはどういう類の恨み節になるんだ、と私は苦笑しながら、彼の顔を覗き込む。指の間から見える彼の目元は心なしか赤いような気がして、今辺りが暗くてよく見えないのがとても惜しかった。
「次は現代のハロウィンも楽しんでおく?」
「どういう意味だよ」
「とりっくおあとりーと、……言いにきてもいいよ、私の部屋に」
ただし先着順ね、なんてイタズラっぽく笑った私は、彼から見れば仮装通りの魔女のようにでも見えただろうか。どうせなら、悪魔風の衣装で小悪魔系でも名乗ればよかったかな、なんでことを考える。
「……お前、あとで冗談だったなんて言い出すなよ」
「どうかな〜」
彼より優位でいられる今が楽しくて、私はまた得意げに笑ってみせた。
──大切に持って帰ったこの燃えさしは、多分火に焚べられることはないだろう──私が、彼らのイタズラを密かに心待ちにしている限りは。
clap!
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