ドルイドの贈り物 かちゃかちゃとガラスのぶつかる音、それに紛れて聴こえてくるご機嫌な鼻歌。微かに香る名前も知らない花の匂いと──ちょっと怪しい、薬品の匂い。
「今度は何作ってるの、キャスター」
「ん、んー……」
生返事。ねぇねぇ、とビーカーと睨めっこする彼の肩を揺すると、鬱陶しそうに彼は「あー……」と呻いて咥えていたタバコから口を離した。
「そんな知りてぇのか」
「うん」
「惚れ薬」
「えっ!? 本当!?」
彼の口から出た単語に思わず私は彼に詰め寄る。惚れ薬……そんなもの作れるのか、というか、作ったそれを、いったい誰に──
「すげぇ食いつきだな…………ま、嘘だが」
「え……なに? なんでそんなうそつく?」
わはは、と笑い声をあげるキャスター。私を適当にあしらいながらも、手元の液体と、よくわからない植物やら、なにやらを混ぜたりなんだりしている。
「で、結局なんなの?」
「教えん」
「えー」
つまんないなー、と呟いてまた彼の背をつつく。ねぇ、ねぇ、と声をかけると、彼は大きくため息をついてから持っていたタバコを灰皿に押し付けた。
「だーもー静かにしてろってーの、結構繊細な作業なんだぞ、これ」
「……
あなたに細かい作業なんて、できるの?」
「おうおう、馬鹿にするのも大概にしろよ?」
今度は私の方が、わはは、と笑い声をあげる。これ以上邪魔をすると本当に怒られてしまいそうなので、静かに彼の作業を見守ることにした。
かちゃかちゃ、かちゃかちゃと、ビーカーや試験管のぶつかる音が耳に心地よい。やはり時折、彼の楽しげな鼻歌が聞こえてくる。
「……楽しい?」
「まぁ、退屈ではねぇよ」
そうはいうものの、やはりいつもより楽しそうだ。気まぐれに、彼が持っている葉の一つを指差して「それはなに?」と訊ねてみる。
「これか? こいつはフェンネルっつーハーブの一種だ」
「これは」
「その種だな」
「こっちは」
「ナツメグ」
「じゃあこれは」
「ザクロの実」
私が指差して訊ねることひとつひとつに、適当ながらもきちんと答えてくれるキャスター。私もそんなキャスターの返答が面白くなってきて端から端まで全ての素材について「これはなに?」と訊ねていた。
次第に、彼の手元からなんだか甘い香りが漂ってくる。
「あれ、いいにおい……」
「っと、お前は嗅ぐなよ、対魔力の低い奴にはすぐ効き目が出るぞ」
「!」
そう言われて慌てて鼻を摘む。なるほど、そういうタイプの使い方をする薬か、それならそうと先に言って欲しい。
「そっちにマスクあるから使え……あー、ついでにその青い瓶とってくれるか」
「んぅ」
大人しく頷き、別の机に置いてあるマスクをつけ、そして隣に置いてある青い瓶を手にとった。ラベルにはylangと印字してあるようだ。
「やーんぐ?」
「イラン、な」
ありがとよ、と言ってそれを受け取った彼は、その瓶の中のものを手元の試験管に一滴、垂らす。それで完成なのか、なんだか満足そうに頷いていた。
「で、結局なんなの?」
「言わねーって言ったろ、ほれ、これでも食っとけ」
お前にはこれで十分だ、と彼が差し出したのは個包装のチョコレート。うーん、馬鹿にされている……まぁ、それはそれとしてチョコは受け取るが。
「それにしても、すごい書物の量だね」
「ま、色々調べながらだったからな」
手頃な一冊を手に取り、表紙を開く。中は英語……ではない、フランス……ドイツ、だろうか。
とにかく私の知らない言語で、難しいことがたくさん書いてあるようだった。
「キャスターってさ、やっぱ頭いいんだね」
「おう、なんだ、お前さんもしかして俺のことを馬鹿にしてんのか?」
いやいやそんなまさか、ははは、と笑いながらもう一冊手に取る。これは恐らく、古代ルーン文字だろう、私の知っているものがいくつか目に入った。
「あ、これは知ってる、キャスターが良く戦闘で使ってる……えーと、これがイングズ、ザガズ、アルギス……」
文字を順番に指差し、読み方と意味を答えていくと、彼が横から「正解」「少し違うな」と是正をしてくれる。なんだか、授業を受けているみたいだ。
「うーん、やっぱ難しいな……そうだ、今度ちゃんとルーン魔術について教えてよ、キャスター」
「んー……気が向けば、な」
「あ、またそれ」
いつもそうやってのらりくらりとら逃げてばかり、私が拗ねたように頬を膨らませると、彼は少し考えるそぶりを見せたあと、私の額に指を走らせた。
「え、な、なに?」
ナナメに一度、交差するようにもう一度、ばつ印を描くように指を動かしたあと、彼が「課題な」と笑う。
「今書いたルーン文字の意味を調べてこい、正解したら、そうだな……少しは教えてやってもいいぞ」
「え、えぇ……頑張るけどさぁ」
似たような字が多い中、今の情報だけで? とは思ったが、まぁ、私に不利益はなさそうなので受けておこう。
「ただし不正解だった時はさっきの薬をお前で試す」
前言撤回めちゃくちゃ不利益あるなぁ……まぁ、彼のことだから人体に有害ではない、と思うが……
「う、わ、わかった」
「よし──っくく、楽しみだな」
愉快そうに笑う彼の手からルーン文字の本を奪い取り、「すぐ調べてくるから!」と彼の部屋を後にする。
「ま、わかったところで、コレは使うつもりだけどな──お前に使う為に作ったわけだし」
──私がその文字に込められた意味を知るまで、あと二時間。
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