過去の亡霊*



 ハッピーバースデートゥーユー……ハッピーバースデートゥーユー……ハッピーバースデーディア……

「Dad……♪」

 暗い部屋に立ち上る炎を見つめながら、彼女は一人その歌を歌い続けていた。内容とは裏腹に歌う者の顔は沈んでいる。……この光景を見た人間は揃って皆口を閉ざすだろう、なにせ炎を揺らめかせているろうそくの前に立てられているのは一人の男の遺影であるのだから。

「……なにしてんだ」
「ランサー」

 部屋の入り口から彼女、俺のマスターへ声をかける。入ってきたのだって気づかなかった訳もないだろうに、まるで今俺に気がついたとでも言うように彼女はその顔を上げた。

「誕生日だから、今日は」

 そう言ってろうそくの火を吹き消すと、部屋の明かりは全てなくなった。かろうじて廊下から差し込む光だけが、彼女の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせていた。

「扉、閉めないの?」
「明かりをつけんなら閉めてやる」
「……じゃあ、いいや」

 ……表情は読めない。彼女は闇の中で男の遺影に手を伸ばし、その写真を指で撫でるようにしてから、小さな声でその男の名前を呟いた。

「本当は命日もきちんと供養……? してあげたいんだけど、私、もう、いつ彼が死んだのかなんて思い出せないから」

 だから、彼女はこうやって、毎年ヤツの誕生日にヤツを思い出しその死を悼んでいるらしい。……並んだろうそくは、きっと彼女がそうしてきた年月と同じ本数なのだろう。

「柳洞寺で刺されたんだっけな、大空洞で朽ち果てたんだっけ? 森でアサシンに殺されたのか、それとも、あなたに殺されたんだったかな、ランサー」

 彼女の顔がこちらへ向けられた、事はわかる、のに、その眼が見えない。

「……さぁな、覚えてねぇよ」
「だよね、ふふ、私も忘れちゃった、どれが夢でどれが本当だったか」

 泣きそうな声だ。いや、もしかしたらもう涙は溢れているのかもしれない。……俺からは、どうやったって見えないだけで。

「……ねぇランサー、私が死んだら……」
「縁起でもねぇ例え話だな」
「ちゃんと聞いてよ……私が死んだら、私の誕生日に、花を手向けて欲しいな」

 お前にしては真っ当な願いだな、と茶化すと「でしょう?」と彼女は少し笑った。

「向日葵がいいな、ちょうど咲き誇る頃だろうし。へへ、言った事なかったと思うけど、実は向日葵の花、好きなんだ」 
「……知ってるよ」
「え? なぁに?」

 彼女には聞こえないくらいの小さな声で呟く。なんでもない、と返してから彼女の言葉の続きを待った。

「私の誕生日に、一輪、咲いている向日葵を手折って欲しいな、私のことを思い出しながらさ」
「阿呆め」

 一歩、中へ足を踏み入れる。部屋の扉は俺が離れたと同時に自動で閉まり、辺りは完全な暗闇に包まれる。その中で、彼女の呼吸音とぼんやりとだけ見える影を頼りに彼女の側へ立った。

「……無理を言うんじゃねぇよ、てめぇ《マスター》が死んでも俺《サーヴァント》がこの時代に居続ける道理はねぇだろ」
「ばかだなぁ、ランサー、私が死んだら次はリツカちゃんと契約することになるんだよ、だって、世界を救うために貴方は呼ばれたんだから」
「俺が今契約してるのはてめぇだ、そんな簡単に主人を替えてたまるかよ」
「またそんな事を……そんなわがまま、通用しないよ、世界の危機なんだから」

 彼女の手が俺の手を握る。それを握り返すことも、振り払うこともせず俺は続けた。

「それでも、俺はお前のサーヴァントだ、お前が死ぬっていうなら……地獄まででも付き合うさ」
「……! ……うん、ランサー……ありがとうね、たとえ無理だとしても、その気持ちだけで、私は……」

 彼女の手が震えた。握りしめると言うには弱々しいその手を寄せ、くちづける。……それでもきっといつか、俺がお前以外のサーヴァントとして夏を迎えるというなら、その時は、




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