重ねる影は誰のもの* 彼の声がする。
「──神埼」
「ん?」
聴き慣れた声、けれど聴き慣れない呼び方。振り返った先にいたのはキャスターのクー・フーリンだった。
(わかってたけど)
私のことを「神埼」と呼ぶのはキャスターと若い方のランサーくらいのものだし、私が彼等の声を聞き間違えるはずがない。どうかした? と微笑むと、彼は少し目を細めながら「風邪をひくぞ」と言って私を見ていた。
「大丈夫だよ、夜とはいえ、ここはエジプトなんだから」
「エジプトとはいえ、夜だろ。砂漠の夜は冷えるぞ」
それはごもっともだ。私は素直に「はぁい」と返事をしてから野営地の方へ戻る。まったく、私のサーヴァントでもないくせにお節介なことだ。
「リツカちゃんは?」
「マスターならもう寝てる」
「そう……まぁ、疲れてたみたいだしね……っとと」
強い風に乱れた髪で視界が塞がり、スカートの裾が大きく揺れる。抑えるのも面倒だ、やはりマスター用の礼装より職員用の制服の方がずっと動きやすいのではないだろうか。
(今度ダ・ヴィンチ名誉顧問にあのデザインでの礼装も作ってもらおうか……)
そんなことを考えながら髪を整えると、開けた視界の向こうでじっと立ち続けている男の姿が見えた。
「……キャスター?」
返事はない。彼はただ私を見つめながら、何か言いたげな様子で瞳を揺らしている。
「珍しい顔してるね」
ふいと、彼がそっぽを向く。「早く戻るぞ」と先を行く彼の背を追って、私もまた歩みを再開させた。
「キャスター、今何考えてたの」
「別に」
珍しく冷たい彼の……いや、珍しくはないか。私と二人になると時々こうして、何かを責めるような、耐えるような、そんな様子を見せる時があった。
「当ててあげようか」
「だーから、なんも考えてねぇって」
「燃えた冬木の事」
ぴたり、足を止めた彼に合わせて、私も歩みを止める。
「あなたの冬木にもいたの? 私が」
「……」
「マスターだったの? あなたの」
彼は否定も肯定もしない、それは事実上のYESのようなものだった。彼はどんな気持ちで──私の揺れる黒髪を、彼を呼ぶ声を、見つめる金の瞳を──誰に重ねていたというのだろう。
(顔が見たい)
今、彼はいったいどんな表情をしているのか、それは単なる好奇心だった。彼を振り向かせようと「キャスター」と呼ぶと、彼のイヤリングが微かに揺れた。
「あなたが見てるのは私じゃないなぁ、ねぇ、私の後ろに誰が見えるの?」
その背中は振り向かない。振り向かないままに小さく「……そういうところは、俺の嫌いだった男にそっくりだな」とため息をこぼす。
「そんなに似てるかな」
「そっくりだぜ、嫌んなるほどな」
「……私とあなたのマスターが、ってことでいいかな?」
「さぁてね」
早く帰るぞ、と言った彼がようやく振り返った。それはいつも通りの気だるそうな呆れた彼の表情で、なんだ、つまらないな、と私は彼の横につく。
「もう少し怒ったり嫌がったりするかと」
「充分お前のことは嫌な奴だと思ってるよ」
「それは良かった」
「……どこに行っても、お前はお前なんだな、嫌になるくらい」
最後の言葉は私には聞こえなかった、という事にする。そうだよ、なんて気持ちを込めながら彼に微笑むと、嫌そうな顔をしてからまたため息を吐かれた。
あぁ、だが、
マスターがマスターなら、サーヴァントもサーヴァント、ということか。……過去に縛られるなんて、クー・フーリンらしくない。炎上する冬木の歪んだ聖杯戦争の影響だろうか。
(それとも私に召喚されちゃったから? 似ちゃったのかな……なんて)
なんのせいだとしても、そういうクー・フーリンの特異性を、私だけが知っている彼の特別な顔を、私は少しだけ愛おしく感じた。
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