片想いバレンタイン



 今日は二月の一四日、そう、所謂世間でいうところのバレンタインデー。
 人類の七割……いや、八割は恐らくこの日を楽しみにしているであろう、想いを伝える特別な日という奴である。
 一職員である私もその楽しみにしていた内の一人で、どうしてもチョコレートを渡したい彼を探してカルデアの中をそわそわと歩き回っているところだった。

 意中の相手……などと表現するのは少し恥ずかしいが、彼、は日本の生まれでもバレンタインという行事を知る時代の生まれでもない。ので、恐らくこの日に関しては「お世話になった相手に贈り物をする日」くらいにしか思っていないだろう。だがそれで良いのだ。私だって「好きです」なんて気持ちを伝えるつもりは微塵もない、ただ、マスターでもなんでもない一般人の私にも分け隔てなく笑顔と優しさを向けてくれる彼に、「いつもありがとうございます」とチョコレートを渡して「ありがとな」と笑い返してくれて、それで終わり、それだけで良いのだ。

 食堂に立ち寄りそこにいたサーヴァントに彼の行方を尋ねると、「今日はまだ見ていない」という返事が返ってくる。珍しい、こういうイベントは大好きな彼だ、一番賑やかなここにならいると思ったのに。
 広い廊下を少し歩いたところでようやく彼の背中を見つける、嬉しくなって、私は少し駆け足になりながら口を開いた。

「――ランサー!」

 ……聴こえてきたのは、明るく可愛らしい少女の声、彼の――ランサー、クーフーリンの目の前には、お日様色の髪をした、人類最後の……彼のマスターが立っていた。

 ――よっ、おはようさんマスター。クーフーリン、およびと聞いて参上したぜ。

 そう言って少女に笑いかける彼、少女もまた、大輪の花のような笑顔で彼にその手に持った包みを手渡していた。

「あ……」

 ずきん、胸の奥の方が痛む。なんだか、とても苦しい。

 ――こっちも用意してたんでおあいこだ、いやいや、無駄にならないでよかった。

 ずきん、ずきん、
 当たり前だ。
 彼女は彼のマスターなんだから、
 彼はマスターのことがとても大切なんだから、
 この結果は当たり前だ、

 ――なのにどうして、こんなに悲しいんだろう。

「……っ」

 その光景をそれ以上見ていたくなくて私は彼等と反対方向へ駆け出した。
 別に、彼の特別になりたいなんておこがましいこと望んでいたわけじゃない。

 だけど、
 ……だけど、私だって、なんて

「…………手作りまでして、私馬鹿みたい……」

 ふと立ち止まった研究室の、手頃なゴミ箱に持っていた箱ごと捨ててしまおうと近寄った。その真上で手を離そうとして――その手を「待った」と掴まれた。

「え……」
「それ、俺のじゃねーの?」

 振り向いた先に居たのは青髪の――キャスターの、クーフーリンだった。

「あ、いえ、これは」
「ランサーの俺へのチョコレートだろ、違ったか?」
「ち、違……くはない、ですけど…」

 そんなの、貴方には関係ないじゃないですか、と思いながら彼の顔を見上げた。……元は同じ英雄の別霊基、見れば見るほど彼と同じ顔をしている。

「捨てんのか」
「……っ、か、彼は、マスターからももらっているようだし、その……よく考えたら、要らないでしょう? 名前も覚えていないような一職員からのチョコレートなんて」

 言い訳をするように言葉を連ねる私を、キャスターは彼と同じ瞳で見つめ続けた。

「だから、その、もう必要ないから……」
「ふぅん、だったら俺がもらっても問題ねぇな」
「え?」

 キャスターはひょいと私の手から箱を奪い取ると、止める間もなくそれを開けて口へ放り投げてしまう。

「あ……!」
「甘……でもまぁ、うまいんじゃねぇか?」

 そしてあっという間に全て平らげて、ごちそーさん、と空箱だけを私に寄越した。

「あ、あなたのじゃ、無かったのに……」

 空っぽになってしまった私のチョコレート、それを見つめているとなんだか無性に悲しくなって、さっきまでは堪えていた涙がついにあふれてしまいそうだ。

「……どうせ捨てようとしてたんだ、俺の胃に収まろうと同じことだろ。それより、そら、お返しだ」

 目の前に青色の瓶が差し出されて、私は反射的にそれを受け取ってしまう。こぼれそうな涙を我慢しながら「これは?」と聞き返した。

「俺≠フ好きな酒だ。……そうだな、甘いもんなんかを食い過ぎた後に飲むと、口の中がスッキリして良い」
「……!」
「それをどうするかは貰ったあんたの好きにするといいさ、それじゃあな」

 それだけを言うと、目も合わせずに振り返って歩き去ってしまう。私が小さく「……あ、ありがとう」と呟くと、背を向けたまま手だけを上にあげてひらひらと振り返された。

 それと入れ違うようにしてランサーのクーフーリンがこちらへ歩いてくるのが見える。……キャスターが折角気を遣ってくれたのだ、私も、もう一度だけ勇気を振り絞ってみよう。
 
「……あの……っ!」




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