あの日の影を追う*



「――神埼さん!」

 マンションの屋上に悲痛とも言える声が響く、彼女はどうやら私を連れ戻しに来たらしい。

「……リツカちゃん」

 振り返った先でオレンジ色の髪が風で揺れている、垣間見える表情は困っているようで泣いているようで、「どうして」と私に問うているようでもあった。

 ――どうして、私がこの冬木に単独でレイシフトしたのか、
 彼女はきっとそれが聞きたいのだ。

「探さないでねって、言ったのに」
「そんなこと、できるわけない……みんな、心配してますよ」

 心配、という言葉に少しだけ罪悪感を抱く。彼女と、彼女の一番のサーヴァントであるマシュ、その二人が私へ「帰りましょう」と手を伸ばした、けれど私はゆっくりと頭を横に振る、私にはまだ探さなければならないものが残っているのだ。

「わざわざ探しに来てくれて申し訳ないけど」

 わたしは、ここであのひとを、

「ワガママばかり言ってんじゃねぇぞ」

 カツン、カツン、と、わざとらしい足音と共に、建物の外に取り付けられた螺旋階段から一人、男が姿を現した。
 青いフードを被ったサーヴァント――キャスターのクーフーリンだった。

「……なんで貴方が?」
「なんでも何も、俺が一番ここに詳しいからに決まってんだろ」

 気だるげで面倒そうな声とため息が聞こえる、だがその瞳だけはまっすぐ私を睨みつけていた。……まるで私の罪が見透かされているようで、気分が悪い。

「どうせならランサーの方を連れてきてくれれば良かったのに、こういう時って、絆の力みたいな? 信頼の置ける相手の言葉で改心するとかいう展開が熱いと思うんだよ」
「悪かったな、断罪者≠ェお前のランサーじゃなくてよ」
「……私のやろうとしてること、わかってるなら放っておいてくれればいいのに」

 リツカちゃんとマシュが「なんの話だろうか」とでも言うように小首を傾げている、この二人は本当に私がなんの目的でここに来たのかは知らないようだ。

 キャスターだけが、すべてわかった上で私の望みを非難している。

「……過去を変えてはいけないなんてわかってる、だけど、だけどあの人が、生きている可能性があるなら……私は……」
「……神埼、それは、」

 ――咆哮が、聞こえた、

 その場にいる全員が予期しない敵の来訪に各々の武器を構える。
 この声には聞き覚えがあった、いつもの骸骨共だ、その程度なら私の魔術でもどうにかなるだろうとあたりを警戒する。
 そうして地面から生えるように現れたのは確かにいつもの骸骨共だった、だが――

「多い……!」

 次から次へと敵が湧いて出てきてキリがない、向こうでもマシュやキャスターが蹴散らしてはいるが、中々どうして数が減らない。
 そしてなにより、リツカちゃんにはガンドがあるとはいえ彼女は本当にただの一般人だ、ひとりにしては格好の的に――

「……!! リツカちゃん!! 後ろ!!」
「え……」

 彼女の後ろから骸骨の手が伸びているのが見え、思わず声を上げる。彼女は私の声が聞こえたと同時に振り返り、その手を避けた。だが、彼女が今立っているその足元には

 大きな穴が空いていた。

「……っ!」

 彼女の身体が、落ちる。
 マシュとキャスターでは間に合わない、今一番近いのは――

 そう考えたと同時に体が動いていた。
 彼女の手を掴み、引き戻す。ただの女の子である彼女は軽く、強く引けば簡単にその身体はこちらへ帰ってくることができた。
 ……けれど、私では少しばかり筋力が足りなかったようだ。

 反動で今度は私の身体が大穴へ吸い込まれていく。あぁ、人を支えるなら次からはきちんと両足で踏ん張らないとな、なんて考えながら空を見上げる。

(バカだな、あの人を探したいなら、助けるべきじゃないのに)

 そういう、非情になり切れないところがダメなんだってずっと前から言っているのに。
 落ちる、落ちる、落ちる、
 ここの建物はおおよそ八階建て、この高さなら、死にはせず大怪我で済むかもしれない。……でももし、打ち所が悪かったら?

 ――こわ、い、

「……っ! …………らん、さぁっ……!」

 思わず、彼の名前を呼ぶ。
 来るはずがない、そもそも彼はここに居ないのだ、来れるはずが、ない。
 ……そう諦めて目を閉じてしまおうとしたその時、私の視界を青い影が埋め尽くした。

「…………ランサー……?」

 青い髪、銀の耳飾り、赤い瞳、
 必死≠ニ呼ぶに相応しい表情で、「マスター!」と、叫ぶ。
 私へと伸ばされたその手を取ると、力強く腕を引かれ、彼の胸に抱きとめられる。あまりにも温かくて懐かしくて……
 ……安心、した、

「……っ!」

 全身に落下時の衝撃が走るが、彼が抱えていてくれたおかげで痛みはない。
 ……来て、くれたのか、

(私は貴方を置いていったのに)

「あ、りがとう、」

 ランサー、と顔を上げると彼の寂しげな瞳と眼が合った。

 彼の――キャスターの瞳と、

「キャス、ター……?」
「……おう、無事かよ、神埼」

 先程までの表情とは一変して、いつも通りの気だるげな顔で彼がため息を吐く。
 呼び方もいつも通り、そう、いつも通りのキャスターだ。

(さっきのは、気のせい、だった?)

 いや、でも確かに私は彼が「マスター」と呼ぶのを聞いたのだ。
 あのカルデアにおいて、私をマスターと呼ぶのは、ランサーしかいないはずなのに。

「おら、怪我がねぇなら立て、俺はマスターを助けに行かなきゃいけねーんだよ」

 彼の言う「マスター」とはリツカちゃんの事だろう、確かにマシュ一人ではあの数は厳しいはず。

「……でもそうしたら私は一人で逃げると思うけど、いいの? 私を連れ戻しに来たんでしょ」
「マスターを助けてくれた礼だ、一回くらいは見逃してやるよ」

 私が言うことでもないが、この男もつくづく甘い男だ、そんなの、私も助けてもらったからお互い様だと思うけれど。だがそう言うのなら遠慮なくこの場から離れさせてもらうことにしよう。

「逃がしてくれたことにはお礼は言わない……それと、私は絶対、あの人だけは諦めないから」

 なんだか後ろめたくて彼から目をそらす。さっさとこの場を離れてしまおうとして、彼が小さく「……知ってるよ」と呟いたのが聞こえた。

「お前はやっぱ、変わらねぇな、何年経っても」
「……え?」

 まるで、ずっと昔から知っているかのような口ぶりに驚いて顔を上げる。
 彼が、懐かしむような、愛おしむような、表情をしていて……だから思わず、

「…………ランサー?」

 ――もう一度彼をそう呼んでいた。

「……俺はキャスターだ、お前もそう呼んでるだろ」

 そうだ、そのはずだ、
 だけど彼は確かにランサーだと思ってしまった、単純なクラスの話ではない、彼は、もしかして、
 ……昔、共に冬木で過ごした、あの、

「私の、ランサー」

 彼に手を伸ばし、頬に触れる、彼は避けることはせず、ただピクリと眉を動かした。

「もしかして、貴方は、記録じゃなくて、記憶として、冬木を、覚えて、」
「…………違ぇよ」

 一歩、彼が後ろに下がって私から離れる、そのたった少しの距離で彼の表情はフードに隠れて見えなくなってしまった。

「……っあ、」

 そのまま彼は屋上の二人のところへと駆け出してしまう。呼び止めようとして、彼をなんと呼んでいいかわからず、ただ伸ばしかけた腕が宙を掴んだ。

(サーヴァントは全く同じ霊基で召喚されることはない、そのはず、そのはずだよね、キャスター)

 カルデアにランサーとして召喚された彼だって、座に残る記録でしか私の事を知らない、のに、

(キャスター、貴方は)

 息がつまる、
 もし本当に彼が冬木で出会ったランサーなら、
 ……私が殺した、ランサーなら、

(あぁ、)

 それなら確かに、私を断罪するのは彼でしかあり得ないのだろう――


 
 ……結局その後、私はあの人を見つけることも出来ずにリツカちゃん達にカルデアへ連れ戻されてしまった。ドクターやダヴィンチちゃんにはこってり怒られてしまったし、しばらくは管制室へ一人で出入りする事を禁止されてしまった。

「……心配したんだよ」

 ドクターは優しい声でそう言う。……どこまでも甘い人達だ、たったそれだけ言って私の我儘を許してしまうんだから。
 帰ってきて部屋に戻るとランサーが私を待っていた、彼は真剣な顔をしたまま、私に「マスター」と呼びかける。

「……ランサー、私……」
「後悔するんなら、最初からするんじゃねーよ」
「……っ」

 ……彼にはやはり、お見通しだったようだ。
 彼はゆっくりと私の後方にある扉へと歩き始める。

「……だがな、あいつらに心配をかけてでも、全てを裏切ってでも、成し遂げたいことがあったんなら後悔はするな」
「……うん」

 すれ違いざまに彼の大きな手が私の頭を撫でる、……温かい、思わず涙がこぼれそうになってしまった。

「それと、次からは俺を置いていくなよ……今の俺も[#「今の俺も」に傍点]てめぇと契約してんだぜ」
「……!」

 彼はひらひらと手を振りながら部屋を後にする、後ろ姿では表情はうかがい知れなかったが、その優しい声色がなによりも私を安心させてくれる。

「……ありがとう、ランサー」

 扉が閉まり、誰も居なくなった部屋で一人唇を噛み締めた。

(……ごめんね)

 人理修復も、優しい職員のみんなも、リツカちゃんも、ランサーも全部捨ててでもあの人を探しに行ったのに、
 結局、私は何も見つけられなかった。

(だけど、まだ、どうしても諦められない)

 だからきっと私はまたあの人を探してしまうかもしれない。

(だから今度は……今度も、私を許さないでね、私のランサー)
 




「よぉ」

 正面から聞こえる自分と同じ声に、俺は機嫌が悪いのも隠そうとせず「何か用かよ」と言って返した。
 それに対して声の主であるキャスターの俺は「怖え顔してんな」と薄ら笑いを浮かべた、俺と同じ顔だとしても……いや、同じ顔だからこそなおさらに腹が立つ。

「用がねぇならもう行くぞ、今はたとえ鏡だったとしても自分の顔を見たくねぇ気分なんだよ」
「……次はてめぇが止めてやれよ」
「…………あ?」

 適当に言って通り過ぎてしまおうとして、その言葉に思わず足を止める。

「あいつが信頼してんのはランサーの俺なんだからよ」
「……てめぇがそれを言うのか」
「俺だから言うんだろ」

 そうかい、と言って頭をかいた、面倒くせぇマスターだ、こいつだって俺だって同じクー・フーリンであるなら、そこになんの違いもありはしないはずなのに。

「記録も記憶も変わりゃしねぇと思うんだけどな」

 ……あぁ俺だってそう思う。

「だけどあいつにとっちゃ大切なことなんだろ」

 そういうもんか、と言ってキャスターの俺が歩き始める、俺も、そういうもんだ、と言って奴とは逆方向へ進んだ。

「……だが、そうだな、あの場にいたのがお前じゃなくて俺なら、あいつを止めたりはしなかったかもな」

 キャスターの気配が完全に消えてから、一人そう呟く。
 それが俺と、キャスターの俺との違いなんだと思った。

「……次は絶対に、俺を連れて行けよな、マスター」

 そうしたら、今度こそお前の願いを、
 ……なんてな。




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