酒は飲んでも呑まれるな!



 その日は、特に酷く酒に酔っていたのだ。
 酒に酔った私の悪いところは、後先を考えられないところ、ずっと笑っているところ、いつもより口が軽くなっているところ。

 ──それから、どれだけ酔っても記憶は無くならないところ。

「………………っ!! ら、らんさぁ!!」

 朝起きて、二日酔いに痛む頭を抑えながら彼の部屋へ飛んで入った。残念ながらそこに彼の姿はなく、私は血の気が引くのを感じながらカルデア中を走り回る。

「おっ、と、どうかしたかい、神埼くん」
「だ、ダ・ヴィンチ女史……! い、いえ、今人を探して──あの、もしかして、ランサーに、会いませんでしたか」

 曲がり角で技術局特別名誉顧問ダ・ヴィンチ女史とすれ違った。最初は、いつも通り彼に話しかけたのだが……その、にやけた彼の顔を見て、私はもしやと思ったのだ。

「ふふ、そうだね、君が探しているだろう人物なら、先ほど食堂に向かったみたいだよ?」
「な──っ、あ、ありがとうございます……!」

 お礼もそこそこに私は食堂へ向けてまた走り出す。あの男、何故よりによってそんな人の集まるところへ……! いや、わざとなのかもしれない、もしそうなら絶対許さない。

「あっ! 居た…………っ! !?」

 いた、食堂の中心に、彼は居た。事もあろうに第二再臨の姿でそこに居た。

「お、んだよ、やっと起きたのか?」
「……あ〜〜〜〜〜〜!! 馬鹿ァ!!」

 呑気に手を振る彼に走り寄り、その腰を両手で隠すように抑える。

「なんだぁ? ……あぁ、昨日の続きでもご所望か? 大胆じゃねぇか」
「ちっ……がう! ばか! ばか! 気づいてないわけじゃないくせに、なんでこのまま部屋出るかなぁ!?」
「なんのことかわっかんねぇな」

 白々しい、その不愉快なにやけ顔を睨みつけるように見上げると、彼は「そんなことより」と言いながら私の手を取りそれ・・から引き剥がしてしまう。

「んなとこ抑えられてたら見えなくなっちまうじゃねぇか──せっかく、お前が書いてくれたのに、なぁ?」

 それ、とは──彼の腰に油性ペンで書かれた、私の名前のことである。

「〜〜〜〜〜〜違う!」
「なんも違わねぇだろうがよ」

 あぁ違わないとも。昨夜、知らず知らずのうちに深酒をしてしまっていた私は、例に漏れずべろべろの泥酔状態になったわけで。
 それで、あろうことか、手元にあった黒のマジックペンで彼に自分の名前を書き──

『ランサーは私のだから、誰にもあげないから、ちゃんと名前書いておかないと……なのです』

 ──とかなんとか、のたまい、彼に抱きついて、昨日は、そのまま…………寝た。

「と、とにかく違う! 昨日のは違う! あれは……酔ってたし!」
「まぁでも俺はお前のなんだろ、じゃあいいじゃねぇか名前これくらい、誰もそんなに気にしてねぇよ」

 それは流石に嘘だ、だって、さっきのダヴィンチ女史のやけに暖かなあの眼差しは絶対それに起因しているに決まっているし。

「とっ、とっ、とっ、とにかく私が気になるから消して! ダメならせめて服着て服! 見せて歩かないでよ!」
「嫌だね」
「なんで!」

 ぐい、と、彼の顔が近づいた。両手を捕まえられたままの私はそれを避けることもできず、至近距離で彼と見つめ合うことになる。どれだけ怒っていても焦っていても彼の顔には弱いもので、私の理性とは関係なく心臓の熱は頬のあたりまで上っていった。

「……これを書いた後のお前の表情が、ちょっと忘れられそうにないくらい美味そうだったもんで」
「……はぁ!?」

 そしてその熱はついに頭のてっぺんまで上り詰める、私がもし活火山なら、今、間違いなく噴火していたと思う。そんな熱量だ。

 そんな訳のわからないことを考えながら私は彼の手を振り払う。「そ、それとこれとでなんの関係が」としどろもどろになる私を、彼は細めた目でじっくりと見ていた。

 あ、多分こいつ今、やましいことを考えている。

「……まぁそうだな、そんなに出歩いて欲しくねぇなら、今日ばかりは閉じこもるのも悪くねぇが」

 どうする? と、彼の腕が私の腰を抱く。それはつまり、そういう──

「〜〜〜っ、どうもするわけないでしょっ……ばかぁ!!」

 あたりに響き渡る私の怒声と彼の笑い声──もうしばらく酒は飲まない、この時、私は固くそう誓ったのだった。
 




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