あまりにもベタな スーパーロックオンチョコ。何やら大仰な名前のつけられたそれを貰う時、そういえばダヴィンチちゃんがこんなことを言っていたような気がする。
──ひとつしかないからね、本当に大切な相手に渡すといい。
……あぁ、そうですね。そうなんでしょうね。私もそうするつもりでした。
たった一つとかなんとか言われていたそれを持って
彼のところへ行く途中、アムールの依代になった彼女の後ろについて歩く、彼の両手に溢れたチョコレートを見るまでは。
「…………で、なんでお前はそんな機嫌が悪りぃんだ」
「うるさい、悪くない、放っておいて」
その夜、私が一人布団にくるまっていると、彼……ランサーが部屋を訪れた。やけに疲れたような表情で部屋のテーブルの上を見て、ハート型の空箱を見つけ、怪訝そうに顔を顰めている。
「おまえ……これ、ダヴィンチが言ってたやつじゃねぇか、スーパーなんたらって言う」
「そうだね」
丁寧な梱包は乱雑に開封されており、中身はとうに
私の胃の中だ。それを知った彼は呆れたようにため息をひとつ、依然目元から下は見せないままの私の側へと近づいた。
「なに、自分で食っちまったのか、これ」
「美味しかった」
「そうじゃなくてよぉ……」
ぎしり、彼が腰掛けた寝台が軋む音がする。私は布団を頭の上まで被りなおしてから「悪い?」と半ばやけになって言い返す。
「──……俺にくれるもんだと思っていたが」
自惚れるな……なんて言いたかったが、図星なのでそうも言えず、私は黙って自分の膝を抱いた。そう、本当は私だって彼に渡すつもりだったんだ。
つい、さっきまでは。
「…………ランサー、今日はずっと忙しそうだったじゃん」
「あ? あー……カレンとメイヴのことか? あんなん俺の意思じゃねぇってわかってんだろうが」
それはそう、そうだけど、そうじゃなくて。
「………………いいじゃん、別に、私のチョコなんてなくたって……他の人に、いっぱい貰ってたみたい、だし」
あの時、彼が手にしていたのはきっと、他の職員からもらったチョコレート。だって彼はほら、他のサーヴァント達と比べても親しみやすいし、話しかけやすいし、チョコレートだって渡しやすいし、なにより──格好いいわけだし。
だから貰ってたっておかしくない、って、わかっていたけど。
実際に目の当たりにすると、やっぱり──
「いいわけねぇだろ──当世の祭り事にそこまでこだわってるわけじゃねぇが……お前から貰うもんは特別だ」
「……!」
布団越しに、彼の手が私の頭を撫でる。温かくて、優しい手だ。……意地を張って頑なになっていた心を溶かすかのような。
「……ま、つってもないもんは仕方ねぇわな、代わりに酒のつまみでも貰いに──」
「……ま、待って……!」
慌てて身体を起こし、立ち上がろうとするランサーの腕を掴む。引き止められた彼は、なんだよ、と、自身の腕を掴んだ私の手を見下ろして……動きを止めた。
「ないとは……言ってない…………ランサーへの、ちょこれーと……」
彼の視線の先には、青いリボンの結ばれた、私の左手が。
……本当に、自分でもどうかと思う。こんな恥ずかしいこと、するもんじゃない。正気ならきっとしなかった。最近カルデアを騒がせていた、ゴッドラブとかいうやつ、そういうやつのせいなのかも、いや、口にしたりしてないけれど。
でも、何かのせいにしないと、恥ずかしくて、もう、どうしていいか、わからない、し。
「……………………ちょこの、代わり、だけど……これ…………ランサーに、あげる……」
……どうしていいかわからないなりに、最後の勇気と小さな声を振り絞る。震える手を彼に差し出して俯くと、彼が息を吸う音が聞こえてから、それきり、お互いに何も言えなくなってしまった。
「…………」
痛いほどの、沈黙。せめて笑い飛ばしてくれないか……そんなことを願いながら彼の顔を見上げ──
──見開かれた、彼の赤い瞳と目があった。
「ら、ラン──」
彼の名前を呼ぼうとした唇が彼に奪われる。その勢いのまま私は彼に押し倒され、自身のベッドにもう一度横たわることになってしまった。
「ん、んん……っ、ら、らんさ……」
「……返せっつっても、絶対返さねぇからな、俺は」
息継ぎみたいに唇を離した際に、そんなことを言われ、再度また口付けられる。──返せなんて、言う隙すら与えてもくれない癖に。
そんな悪態を吐くことはせず、私は黙って彼に全てを委ねた。
私の脚を撫でる彼の手の熱さに、キスの合間に漏れる彼の吐息に、私を見つめる彼の……いつもより少しだけ余裕を無くした表情に、あぁ、
恋人たちの日くらいは、こういうのも悪くない、なんて、そんなことを思いながら。
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