はじめてのきもち



 風邪をひいた。
 頭があまりにもぼーっとするので多分そういうことなんだろうと思って医務室へ向かうと、案の定「風邪だね」と診断された。

「っていうかなんでダヴィンチちゃんが?」
「うん? 医療スタッフが休憩中だったからね」

 ダヴィンチちゃんは棚から適当な薬を手にとって「解熱剤と咳止めだ、もし他にも症状があるなら言っておくれ」と手渡してくれる。

「ううん、今のところは頭がちょっと痛いだけ」
「じゃあ頭痛薬も追加だ……これを飲んでゆっくり寝ておいで、なにか必要なものや食べたいものがあれば誰かに言えばいい、きっとみんな喜んで力になってくれるだろうから」

 ありがとう、とその錠剤を受け取り部屋に戻る。
 ……部屋まではそこまで遠くはなかったはずなんだけど、心なしかいつもより道のりが長い気がしていた。
 


「ついた」

 部屋に戻るなりベッドに倒れ込み深く息を吐く。どうせそうするだろうと思って途中食堂によって薬を飲んでおいて正解だった。
 水が欲しいと言った時の、キャットのなんとも言えない心配そうな顔を思い出し、少しだけ申し訳なくなる。
 身体が弱いというよりは体調管理が下手くそなんだ、わかってはいるけど夜更かしはやめられないし偏食はなかなか治らない。

「うーん……」

 ベッドに横になってはいるもののやはり発熱や頭痛のせいですぐ眠るというわけにもいかず、無駄に身じろぎしては唸り声を上げてみる。

「……くるしい」

 誰にいうでもなく小さくこぼしてからケホ、と咳をしてその言葉を隠した。

 このカルデアにいるサーヴァント達は思いの外親切で、過保護で、心配性だ。
 何気なく呟いた一言で、アステリオスやナーサリーに私より辛そうな顔をさせてしまうかもしれないし、清姫は卒倒してしまうかもしれない、孔明先生にはきっと怒られるだろうし、頼光ははらはらと涙を流してしまうかも。
 止まらない咳を隠すように、布団の中に小さく丸くなる、彼等に見つかる前に治さなくっちゃ。
 また、けほ、と咳き込みながら布団を目深に被った。
 
 ……どれくらいそうしていただろう。
 眠りたくても眠れなくて、寝返りを打ちながら唸ってみる。
 暑い、けど寒いし苦しくて気持ちが悪い。多分これはあれだ、拗らせてしまったというやつなのだろう。
 ため息を吐きながらもう一度寝返りを打ったところで、いつの間にやらベッドの脇に佇むサーヴァントの存在に気づく。

「う、わ! オルタ……!? びっくりしたぁ」
「……」

 何をいうでもなくただそこに立っていたのはクー・フーリン[オルタ]だった。
 いつも大きいとは思っていたが、下から見上げるといつもよりさらに大きく感じる、ちょっと怖い。

「どうかしたの?」

 何か緊急の用だろうか、と上半身を起こす。仮にも王を名乗る彼に寝転んだまま話しかけるのは失礼だと思ったので。

「……口を開けろ」
「え?」

 なぜ? と問うより早く彼の顔が眼前に迫る。
 驚いて体を後ろに引いたが、彼の唇が触れる方がわずかに早かった。

「ん……!?」

 突然のことに頭が追いつかないが、うーん、つまり今私は彼にキスをされているのか?
 私が混乱している間に彼が私から離れていく、というのに私の脳はまだ現状を理解できていない、気がする。

「……ぁ、え? っと? な、な、なんで?」

 やっと出てきたのはそんな間の抜けた一言だけだった、彼は眉ひとつ動かさず「まだ足りねぇか」と口にした。

「た、た、た、足りないって、なにが」
「魔力」

 まりょく。
 ……そうかわかった、彼はもしかして私に魔力を分けてくれようとしていたのかもしれない。

 魔力は=生命力のようなものだ、たしかに、弱っている時には必要だ、たしかに、たしかに体はポカポカするようになった、たしかにな?

「だからって突然こんなことされたら、その、困る、かも」
「足りねぇならまだやるぞ」

 おっ、このバーサーカー話を聞いていないぞ?

「でも、バーサーカーなんて魔力たくさん消費するのに、人に分け与える分なんてあるの? 大丈夫…?」

 率直な気持ちを口にする、カルデアから供給があるとはいえ無尽蔵とは言えないだろう。

「お前が心配することじゃない」
「そういうなら……いいけど……」

 ……ありがとう、と感謝の言葉を口にすると「寝ろ」という短い言葉が返ってくる。
 驚きはしたけれど、オルタの気遣いのおかげで少しは楽になった気がする、今ならぐっすりと眠れそうだった。


 
「……寝たか」
「寝たか、じゃねぇよバーサーカーの俺、ったく、いきなり俺と若い俺からも魔力ぶち抜いていきやがって、驚いたぜまったくよ」
「キャスターからもだ」
「全員じゃねぇか」

 ランサーのクー・フーリンがやれやれと肩を回しながら近づいてくる。先程噛み付いた肩の傷はそれなりに治っているらしい。

「治ってんじゃなくて治したんだっつーの」

 やれやれと肩をすくめる男を一瞥してマスターへ向き直る。

「個々で受け渡すより集約した方が効率がいい」
「そりゃそうかもしれねぇけど一言あってからにしろよ、俺同士じゃなきゃ何がしたいか伝わんねぇぞ」
「……俺同士だからしたまでだ、じゃなきゃやらねぇ」

 当たり前だ、他人の魔力より自分自身の魔力の方が馴染みやすいに決まっているのだから。

「そもそも魔力なんて渡さんでもちゃんと食って寝てりゃ治るだろ、過保護にもほどがあるぜ」
「……」

 それを言うならお互い様だろう、さっき弓兵にマスターの好きそうなメニューを作るよう言っていたのは誰だったか。

「……早く治ればその分早く戦場へ出られる」
「はは、それは違いねぇ」

 もう一人の俺がマスターの髪を優しく撫でた。
 俺も同じようにしようとして――やめた、それに意味はない、むしろせっかく眠りについた彼女を起こす結果になりかねない。

 だが、

「……ちっ」

 ただ無性に、彼女に触れたいと感じたこの気持ちは、俺には理解ができないと気づかないふりをした。
 
 
(……起きにくい)




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