オトコノヒト



「コンタクトは外したのか」
「え、なに突然」

 マイルームでベッドに寝転がっていると、アーチャーがそんなことを言い出した。手には私のために用意してくれたであろうミルクティー、それと、多分彼の手作りのクッキーが乗ったトレイがあった。

「……いや、君、そのまま寝ることがよくあるだろう。もう特にすることもないのなら先に外してしまった方が良い」
「あ、うーん……たしかに、そうかも」

 じゃあそのクッキー食べてからそうする。と言って起き上がると、彼はやれやれという顔をしながらベッドサイドのテーブルにそのカップとクッキーを静かに置いた。

「ありがとー! ん、やっぱり美味しいね」
「それはよかった。……できればベッドではなく椅子に座って食べたまえ」

 彼はそこに立ったまま満足げにうんうんと頷く。褒められるのは料理人冥利に尽きる……という感じだろうか。
 しかし、私ばかりが(ベッドの上とはいえ)座ったままというのはこう、料理人というよりも、使用人と主人のようで、私としてはどうにも居心地が悪い。

「アーチャーも座りなよ」
「……どこに?」
「ん」

 ここ、と隣をぽんぽんと叩くと、アーチャーは難しそうな顔をして「女性のベッドに腰を下ろすのは」と何故か渋る。別に今更気にすることでもないのに。

「いいからいいから! 私そんな気にしないよ?」
「まぁそうだろうな、君は」
「なんだよ、ちょっと棘があるぞう」

 まぁたしかに私はちょっと気にしなさ過ぎなのかもしれないが、そうは言っても相手はアーチャーだ。女友達みたいな気安さで接してしまっているし、ベッドで隣に座るくらいどうってこと──

「では、失礼する」
「うん──うん?」

 ギシ、とベッドのバネを鳴らして、彼が私のすぐ隣に腰掛けた。
 ………………思ったよりも、距離が近い。

(たしかに、ここ! とは言ったけど、そんな近くに座ることないんじゃない?)

 まぁ、ベッドもそんなに大きいわけでもなく、そりゃ、隣に座ろうと思えばこの距離にもなるか、と私は一人納得してクッキーにまた手を伸ばす。いや、それにしても近い気もするが。

「あ、アーチャーも食べなよ、まぁ作ったのはアーチャー本人だけどさ……」
「ふ、そうだな? ……まぁいただこう」

 ぐ、と彼がお皿に手を伸ばすと、自然と私の方へ身体が接近する。……だからなんだということもないですけど? 全然なんでもないですけど?

「と、すまない」
「はぇ!? ……あぁいやいや、全然!?」

 そうして彼の肩と私の方が触れた。何を緊張しているのか、私の声は裏返る。

「?」

 不思議そうに私を見つめる彼と目が合うが、私はすぐに顔を背ける。そして視線の先には、自分と彼の手があった。

(……大きいな)

 ゴツゴツして節くれだった手、当然だ、彼は成人済みの男性であるのだし、なによりアーチャークラスのサーヴァント、毎日弓を構えてればそりゃあ手だって指だって、しっかりとしたものにはなるだろう。

(そういえば、腕も随分たくましいよね、胸も……)

 それだって当然。というか毎日見てるんだからわかっていたはずなのに。

(目線が高い……脚も、やっぱ長いな)

 当然だ……当然なのだ。

「……マスター?」

 私を呼ぶ声も、低い。全部全部当たり前だ、だって、とれだけ女友達みたいに思ってたって、彼はほら、男の人なんだから。
 わかってたはずなのに、どうして──

「なんで今意識しちゃうかなぁー!?」

 思わずそう叫んで私は後ろに倒れ込む。彼は「なんの話だ」と驚きつつもそれ以上は特に気にしてもいないようで、ジタバタする私に苦笑いをこぼしていた。

「落ち着け、机に足を引っ掛けると紅茶をこぼすぞ」

 そしてそう言って私の頭を撫でる。大きくて暖かい手だ……とても、心地良い。

「ねぇアーチャー」
「どうした」
「触ってもいい?」
「──は?」

 比較的、素に近い声が彼から出た。

「あ、ああ、違う違う! いやらしい事じゃなくて……! こう、その……アーチャーの腕、がっしりしてるからさ!!」

 ほら、私筋肉とか好きでさ!? なんて慌てていると、彼は口元に手を当てて少し考えた後「まぁ、良いだろう」と言って私に近い方の腕を差し出した。

「え、あ、ありがと……? で、では」

 ありがたい申し出に乗り、彼の腕にそっと触れる。しっかり筋肉のついたその腕は太く逞しく、やはり彼が男性なのだという事を更に強く感じさせた。

「…………」
「……」
「………………これはいつまで続けるのかね」
「あっ」

 無心で彼の上腕二頭筋、三角筋、そして胸筋まで手を伸ばしたところで、彼にそう言われて我に帰る。「ごめんごめん」と言ったところで、彼に半分以上体重を預けている今の自分の体勢に気がついた。

「あ、わ、わ、ご、ごめん」
「構わん……が、驚いたな、君にこんな趣味があるとは」

 なんだよう、と頬を膨らませてから「こんな趣味、って、どっちのこと」と首を傾げる。

「どっち、とは?」
「筋肉フェチのこと? それとも、男に跨る趣味でもあるのか? ……ってこと?」

 対ランサー時の嫌味な彼なら言いそうな事だと思ってそう聞いてみた。聞いてから、気を悪くさせてたらどうしようかな、とチラリと彼の顔を見る。
 彼は皮肉っぽい笑みを浮かべながら、「どちらかといえば後者かな」といってまた私の頭を撫でた。

「あはは……あったんだなぁ、私も初めて知ったけど」
「それはそれは、高尚なことだ」

 その手が降り、私の頬を撫でる。私は彼の手に自分の手を重ね、「アーチャー」と彼の名を呼んだ。

「なにかな」
「あのさ……今日、一緒に眠る?」
「──」

 言葉を失った彼が動きを止める。しかし表情は一切変えないところが彼らしい。

「き、君な……女性が気軽にそんな事を言うものではない」
「なんで?」
「……そういう誘いに取られるぞ」
「…………だろうね、そういう誘いだもん」
「なっ」

 今度は彼の表情も崩れる。それが少しおかしくて、私は小さく笑いながらまたベッドに横たわった。

「嫌?」
「い、嫌というかだな」
「む……やっぱり私相手じゃ勃たないか」
「どこを見て言っているんだ君は」
「どこってそりゃ、アーチャーの」
「ええいそれ以上言うな!」

 ついに彼は頭を抱えてしまう。そんなに難しい話じゃないのに。
 ……やっぱり、嫌だったのかな。

「ごめん、アーチャー、冗談だよ……あーあ、眠くなってきちゃったからもう寝ちゃおっかな!」

 布団を深くかぶって彼から顔を隠す。思わずあんなことを言ってしまったけど、別に彼を困らせたかったわけではないのだ。遠回しに気を使われて断られるのはそれはそれでなんだか悲しいし。

「冗談、か──それならよかった、今夜は相手をできそうにないしな」
「!」

 もう、冗談だって事にしてくれるなら、その後の一言は言わなくなっていいのに。

「い、いいよそういう……ちょっと今日はなー、みたいな、そんな、気を使わなくったって……」
「あぁ、いや、本当に都合が悪いんだ……明日の仕込みが残っていてね」

 出た。カルデアキッチン部。そんなの、他のメンバーにでも任せられそうなものなのに、それを断りの文句にするのは少し難しくないか? ……断る理由を無理やり作っているみたいだ。

「……いいってば、そういうの……今でも十分恥ずかしいのに、女の子にこれ以上恥をかかせないで欲しいなぁ」

 本当に。……もう、ほんと、今すっごく顔が真っ赤なんだから、今日のところは早いところ退散してくれはしないだろうか。

「ふむ、その後であれば空いているのだが──もし君さえ起きていられるなら、な」
「え」

 どういう、と聞き返すために布団から顔を出す。すると、私が口を開くより先に彼の唇が私のそれに触れた。

「今はここまで、続きは君が起きていたら、だな……待てるか?」
「へ、あ、う、うん……」
「なら結構」

 すぐに終わらせてくるよ。と彼が何もなかったみたいに立ち上がり、私の部屋を後にする。……ちょっとまて、つまりあれはそういう意味か? そういうことでいいのか?

「え……えぇ……? どうし、よ」

 言い出しっぺの私は思いもよらぬ返事に硬直して動けない。もうさっきから恥をかきっぱなしなのに、いったいどんな顔をして彼を待てばいいのだろうか。

 ──とりあえず、コンタクトだけは外しておく事にしよう。
 そう決めた私は、冷えたミルクティーをぐいと一気に飲み干した。
 




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