XX回目の約束



 廊下の向こうで俺を呼ぶ声がする。

「……誰だ」
「や、エミヤオルタ」

 ニコニコと笑顔で近づいてきたのは俺と契約した物好きなマスターだった。今日はいつにも増して機嫌が良いのか、なぜだか浮き足立った様子で。

「いやに浮かれているな」
「ううん? いつも通りだよ」

 正面から歩いてきたはずの彼女は、なぜか俺の隣に来て歩く向きを一八〇度変え、俺と同じ方へ足を向ける。一体何の用なんだ。

「あ、エミヤオルタ、こっち」
「……おい」

 俺はそっちには用事はない、と言うだけ言ってはみるものの、この強引なマスターは俺の意見など聞く気はないようで、右の……食堂の方へと手を引かれてしまう。

「ご飯、食べよ」
「……それは、俺が作るのか」
「うん! そう!」
「…………君、自分の我儘がどれほど傲慢なものか気づいたことはあるか?」
「ないよ」

 はぁ、とため息をつきながら食堂へ足を踏み入れると、「今日も来たのか」と俺の別個体が嫌がるでもなくその場所を明け渡した。

「今日、も……?」

 その言葉に疑問を感じながらもその場所に立つ。彼女のリクエストはチャーハンだ、まぁ、難しいメニューでもないので彼女を黙らせるためにもさっさと作ってしまうことにする。

「……待たせたな、これでいいか」
「うん、一緒に食べよう」
「いや、俺は」
「令呪使う?」
「……わかった」
「ん!」

 満足そうに頷くと、いただきますと言って彼女はそれを口にした。

「……ん、おいしい!」
「それはなによりだ」

 こいつの気まぐれは面倒だが、褒められるのは満更でもない。もう遠い昔のことで思い出せないが、そうだな、こうして誰かに食事を振る舞うことが、幸福であった頃が、確かに俺にはあったような気がする。

「ね、エミヤオルタ、明日もこうしてご飯、食べようね」
「……気が向いたらな」

(なにより俺がそれを覚えていられたのならな)

 すでにここに来るまでの記憶が曖昧だ、きっと明日の今頃にはこのことはすっかり忘れ去ってしまっているだろう。
 それでも、もし、こいつが、それを諦めないのなら、きっと俺も――



 
「……誰だ」

 廊下の向こうから声がする。それに応えるように手を挙げた。

「や、エミヤオルタ」

 そうやって彼に話しかけて、手を引いて、今日も食堂に彼を連れ出した。
 食事のリクエストをして、作ってもらい、それを食べる。ただそれだけ。

「……何故こんな事をさせる」
「約束したから」
「約束?」

 首をかしげる彼に「うん、約束」と笑いかける。

(あなたが覚えていなくても、何度でも同じ約束を繰り返すから)


 
「だから明日もこうして、ご飯、食べようね」




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